橋本裕の日記
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2004年04月22日(木) たとえばこんな例はどうかな

 今、真冬の荒れた川に落ちた出稼ぎ外国人の子供がいるとする。川岸には大勢の見物人がいるが、だれも助けようとしない。消防隊員も今は具合が悪いと、待機しているだけである。そして「川が荒れていますので、川岸から退避してください」と繰り返すだけだ。そこに一人の青年が、「僕が助けに行きます」と川に飛び込んだ。ところが、その頃から、川の流れはさらに激しくなってきて、とうとう青年も力つきて溺れてしまった。

 これを見て川岸が騒然となった。青年の家族が駆けつけ、「おねがいします。助けて下さい」と絶叫している。消防隊員は分かりましたと言うが大勢でのろのろと岸をパトロールするだけだ。そこで、興奮した家族が「もっとしっかり仕事をしてください」と訴えると、周囲の人たちが、「それは筋違いだ。退避勧告がでていたのに、川に飛び込んだ青年の方が悪い」と怒りだした。

 青年はさいわい向こう岸に流れ着き助けられた。そのときのインタビューで、「子供が心配です。私はもう一度川に飛び込んで彼をたすけたいくらいです」と答えた。これを知った群衆が、また騒然となった。無事帰還した青年に対して、「君の軽薄な行動で、私たちはさんざん迷惑をうけた」「捜査費をしっかり払え」などと、さかんに嘲罵を投げ続けた。マスメディアも「退避勧告の出ていた荒れた川に飛び込んだ青年が悪い。本人も家族も自己責任を自覚すべきだ」という論調である。

 国会では官房長官が参院本会議での質疑の中で、「本人の配慮が足りなかったことは否定できない。自己責任とは自分の行動が社会や周囲の人にどのような影響があるかをおもんぱかることで、人命救助が是か非かという議論以前の常識にあたることだ」と異例の厳しい言葉遣いで批判した。

 さらに「自ら危険な場所へ行って信ずることをやりたいという人を政府が強制的に止めることはできない。しかし、多くの人に迷惑をかけるのに、十分な注意も払わずに自分の主義や信念を通そうとする人に、それを勧めたり称賛すべきだろうか」と述べ、青年の行動を支持する小数の人々がいることに遺憾の意を披瀝した。これによって、政府はますます支持率を上げた。青年とその家族や友人は非国民呼ばわりされて傷つき、無口になった。

 海外ではこの事件が「不思議な国ニッポン」として報道された。アメリカの国務長官は「青年の行動を立派だ。日本人は彼を誇りに思うべきだろう。危険を冒す人がいなければ社会は進歩しない」とコメントした。

 フランスのルモンド紙は、この事件で、日本政府などの間で「自己責任論」が台頭していることを紹介、「日本人は人道主義に駆り立てられた若者を誇るべきなのに、政府や保守系メディアは青年の無責任さをこき下ろすことにきゅうきゅうとしている」と批判した。

 東京発の記事は、救助された青年が「これからも出来る限り人助けをしたい」と発言したことをきっかけに、「日本政府と保守系メディアの間に無理解と怒号が沸き起こった」と指摘。「この慎みのなさは制裁まで伴っている」とし、「青年の家族に謝罪を要求」した上に、健康診断や帰国費用の負担を求めたと批判した上で、「青年の純真さと無謀さが結果として、死刑制度や難民認定などで国際的に決してよくない日本のイメージを高めた」と評価した。

 こうした海外の青年の勇気ある行動にたいする評価とは裏腹に、信じられぬ事だが、日本ではいまだに青年に対する非難が続いている。そして川で溺れた子供については、もうだれも問題にしない。実が、まだたくさんの子供たちが溺れているのだが、もう誰も日本人はその悲劇に目を向けようとしなくなった。

 こうして政府やマスコミが流した自己責任論は、他人の痛みに無神経で無責任で怠惰な人々に絶好の自己正当化の機会を与え、この国の人々をさらに無責任で怠惰な群へと導くことになった。


橋本裕 |MAILHomePage

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