橋本裕の日記
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2004年04月05日(月) 人が死を選ぶ理由

 1998年以来、日本の年間自殺者は3万人を超えている。とくに多いのは40、50代の男性で、その理由のトップは経済苦だという。自殺者の数は、失業率にみごとに比例している。大企業の業績が回復してきたといっても、その背後にはリストラや中小企業の倒産という現実がある。こうした現実の厳しさが異常な数の自殺者を生み出している。

 しかし、会社が倒産したりリストラにあったとしても、それでたちまち一家が路頭に迷うというほど日本は貧しい国ではない。失業保険もあるし、それなりの生活保障は得られる社会に私たちは生きている。経済苦といっても、それは相対的なものであって、日本の失業者の生活レベルは大方の国々の生活水準にくらべて劣っているわけではない。

 したがって、人は単なる生活苦から自殺するというより、もうすこし精神的な問題があって死を選ぶのである。ところでその精神的な問題とは何か。私はそれは「信頼の喪失」だと思っている。

 リストラや倒産による失業は、多かれ少なかれ、他人に対する信頼、社会に対する信頼を揺らがせる。しかしそればかりではない。ときとしてそれは自分自身への信頼を打ち砕くことにもなる。人が信じられなくなり、自分を信じられなくなった人間は死へと傾斜する。とくに自尊心の強い自信家の場合、この傾向は大きいだろう。

 人を信じるということと自分を信じるということは、じつは別のことではない。人は人に支えられ、人を信じるなかで、自らを信じることを学ぶ。ほんとうの自信というのは、こうしてまわりの人々によって与えられ、支えられている。他人に信頼され必要とされることがその人の自信を育てるのだ。失業による社会的信用の失墜は、こうした自信を打ち砕く。

 したがって、失業問題は単なる生活問題ではない。それはもっと精神的な問題である。人生のクオリティにかかわる問題だ。その意味で、中高年とともに、若年者の失業率の高さもおおきな社会的問題だと言わなければならない。

 なぜなら、失業は若者から人間にとって一番大切なもの、つまり「人を信じ、自分を信じる」という精神のゆたかさを奪うことになるからだ。それは多くの場合、他者と協力して働くことによって得られる。勤労によって、人は鍛えられ、自分に自信を与えるすべを学ぶ。そいうした意味で、他者とともに働く体験こそ、ほんとうの「学び」であるわけだ。

 教育とは何か。その一つの答えがここにあるように思う。それは、人を信じ、社会を信じ、そして自分を信じることの大切さを学ぶこと、人と人が信じあい、自らを信じることができるような人間的にゆたかな社会をいかに創るかを学ぶことだ。それは卒業式で国歌斉唱を強制したすることではないし、まさにその対極にある世界だといえよう。


橋本裕 |MAILHomePage

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