橋本裕の日記
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今月はじめ、オランダ在住のリヒテルズ直子さんから、とてもすばらしいHPの紹介をいただいた。そこにスマナ・バルアというバングラデシュのお医者さんのとてもいい話がのっている。今日はその中の一つ、「痛みのわかる医師の育成を」を紹介しよう。
<来月からフィリピン・マニラの世界保健機関(WHO)に医務官として赴任することになった。12年間お世話になった「第二の故郷(ふるさと)」日本をいったん去るにあたり、祖国バングラデシュのカレー料理ふうの辛口話を、あえて申し上げたい。
日本では、医学博士号を取得しただけでなく、多くの医学生を指導する立場にも恵まれた。各地の大学の医学部で学生相手に講演させていただくたびに、こう申し上げてきた。
「お金持ちになりたくて医者になるのですか。隣人としてあたりまえに、人間の世話をすることが目的でないなら、明日から医者を目指すのはやめて経済学部に行ってください」
学生たちは「何を言っているんだ、この外国人は」と思っことだろうか。
・・・・医師の資格を得たフィリピン国立大学医学部レイテ校では、病気の診断を聴診器と「聴心器」だけで診断できるようにならないと卒業できない。
「聴心器」とは、医師が患者の生活背景や心の内面までも理解しようと努める姿勢である。精巧な医療機器に検査を任せるだけでなく、一人ひとりの患者とじっくり向かい合う。それが医療の基本だと学んだ。
人間には、レントゲン写真や検査数値には現れにくい無数の「痛み」がある。その「痛み」をわかろうとする過程が医療行為であり、注射や点滴は技術の一面にすぎない。
しかし、日本の次世代の医療を担う医学生のほとんどは、その「痛み」を理解していないようだ。医療は特殊な訓練を積んだ医者にしかわからず、医者はふつうの市民とは違うという錯覚したエリート意識が見える。その結果、自分の周りにふたつの壁を築くことに夢中になっている。
ふたつの壁とは、医師の診断に患者は何も言えないという「白衣の壁」と、近所の「OOちゃん」も医学部を卒業して医者になると「OO先生」と呼ばれる「権威の壁」である。これらの壁が医学生だけでなく日本の医療社会全体を覆っている。>
相手の痛みが分かるということは、人間の基本だ。しかし、庶民の痛みがわかる政治家、裁判官、官僚がどれだけいるだろう。私自身、生徒たちの「痛み」が分かる教師であったかどうか、この機会にスマナ・バルアさんの言葉をよくかみしめてみたいと思う。
(参考サイト) http://www.hinocatv.ne.jp/~micc/Bab/21Fairwell.htm http://www.hinocatv.ne.jp/~micc/Bab/01BabCover.htm http://www.hinocatv.ne.jp/~micc/Bab/12-Roentogen-2.htm
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