橋本裕の日記
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37.文子の店
コスモスははやっていた。5つのテーブルがすべてふさがっていたので、修一と葉子はしばらく待たなければならなかった。そのあいだにも、持ち帰りの客が次々とケーキやパンを買っていく。ショーケースの後ろの三人の店員が、そうした客をさばき、あと二人の店員がテーブルの客にケーキや飲み物を運んでいた。
店の奥にはさらに何人かの従業員がいて、ケーキやパンを作っているらしい。思っていたよりも大きな店だ。5人の店員のなかで、3人が女性である。そのなかに高橋文子がいるのだろうか。あるいは奥にいるのだろうか。客がたてこんでいるので、店員を捕まえてきくわけにもいかない。
10分ほどして、窓際のテーブルが空いた。 「蜜豆はありませんか」 注文を取りに来た若い女の店員に訊いてみた。ショーケースの中にはなかったので無理かもしれない。店員はしばらく黙っていたが、いきなり大きな声で、 「おまちくださいませ」
頭のてっぺんから出るような甲高い声だった。その少し特徴のある店員が引っ込むと、しばらくして奥から別の店員があらわれた。 「少し時間がかかりますが、よろしいですか」 「ええ。ところで、こちらに、高橋文子さんと言われる方がみえますか」 「私が高橋です」
修一はさと子からもらった彼女の名刺を見せた。 「島田の友人の沢田修一といいます。こちらは島田の面倒をみている看護婦の山口葉子さん。今日はあなたにお話したいことがあってきました」 「それは、ようこそいらしてくださいました。しばらくおまちください」
文子が去ったあと、修一は葉子と顔をあわせた。年の頃は葉子とおなじだろう。葉子よりもすこしふっくらとして色白の感じだった。 「島田に似ていると言えば、似ているね」 「そうかしら。私はそうは思えないわ」 葉子の断定的な口調が、修一には少し意外だった。
文子が島田の娘ではないとすると、愛人ということだろうか。しかし、愛人とするにはあまりにも若かった。いずれにせよ、今日はそこのところをはっきりさせたかった。葉子は少し顔を寄せて、 「このお店には、障害者が多いわね」 葉子に言われて、修一はあらためて店員たちを眺めた。
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