橋本裕の日記
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2004年03月20日(土) 虚構の戦争神話

年度末になると、あちこちで道路工事が目に付く。公共事業の予算を消化するためだと聞いたことがあるが、真偽はわからない。おそらくそうではないかと思っている。というのも、以前は、学校でもそうしたことが普通に見受けられたからである。

 たとえば、バブルの頃は年度末になると、管理職から毎年のように、「県外出張に行きませんか」と声がかかった。そこで日程をやりくりして、一泊二日で出かけることになる。行き先は私の場合、東京の国立国会図書館が多かった。

 そこで「数学史」の勉強をした。たとえば「和算」についての文献を読み、論文を書いた。それを学校の「研究紀要」に発表したりしたものだ。おかげで、日本や世界の数学史について、かなりの知識をため込むことができた。

 国会図書館には過去の雑誌や新聞などもそろっている。そこで数学史の勉強の合間に、そうした過去の資料に目を通した。とくに私が興味を覚えたのは昔の新聞で、自分が生まれた日にどんなできごとがあったのか調べてみたりした。そして戦前戦後の新聞や雑誌にも目を通すようになった。

 そうすると、いろいろな発見がある。いつか専門の数学史の勉強よりも、こちらの方が面白くなった。もともと昭和史、とくに15年戦争については関心があったので、そうした資料を読みながら、いろいろと自分の頭で考えることが多くなった。そうすると、これまで考えていた戦前の歴史とはいくらか違う歴史像がいやがうえにも浮かび上がってきた。

 それまでの私は、日本の侵略戦争は軍部独裁のもとに、天皇制を絶対化し、赤紙一枚で無知で従順な民衆を徴兵して行われたものだと思っていた。戦前には言論出版の自由もなく、もちろん政治的自由もなく、一部の社会主義者を別にすれば、多くの国民は教育によって洗脳され、いやおうなくあの愚かしい戦争にかり出されていたのだと考えていた。

 しかし、当時の新聞や雑誌を読むと、かならずしもそうではない。知識人は大胆に軍部を批判し、議会でも活発な議論が行われていた。また、普通選挙が世界に先駆けて行われ、総選挙のたびに無産階級の政党(社会大衆党)が国会議員の数を倍増させていた。

 15年戦争がはじまる直前まで、ジャーナリズムは国民とともにおおくの政治的自由を手にしていた。そして、戦争が始まると、ジャーナリズムは国民とともにこれを歓迎し、世論は戦争と軍部賛美一色に塗りつぶされて行った。

 こうした資料に基づいて、私が下した結論は、一口でいえば「戦争責任は国民ひとりひとりが負うべきである」ということだった。そしてこの日記でもこの主張を繰り返し、「何でも研究室」の「国民の戦争責任」に対話集としてまとめてみた。しかし残念ながら、この6年間は国会図書館に足を運ぶ機会がなかった。したがって、私のこの主張を当時の資料に基づいて、実証的に学問的に展開することができなかった。これはとても片手間に出来ることではない。私の手に余ることだった。

 今年になって、「戦争を語り継ごうML」に投稿された、浅田明さんの「昭和史の決定的瞬間」(ちくま新書、2004年)の紹介文(no more war 5080)を読んで、私はとてもうれしくなった。専門の学者がようやくこれを果たしてくれたことを知ったからだ。その専門家とは、東京大学名誉教授の坂野潤治氏である。まさに日本近代政治史の専門家であり、権威なので、これ以上の適任者はいない。著作から引用してみよう。

<昭和10年に美濃部達吉の天皇機関説が攻撃され、彼の主要著作が発売禁止になって以後、あるいは翌11年の2・26事件以後、日本国民は戦争とファシズムに向かう世界や日本国内の動きについて、全く情報が得られず、またそれらの動きに反対する意見表明の自由を全く持てなくなった、と今でも信じている人が少なくない。日本国民が昭和12年7月の日中戦争を阻止できなかったのは、言論と言論の自由が無かったからであると、今でも信じているのである>

<しかし、これは当時の資料を直接読まなかったという怠惰の結果作られた、誤った「伝説」にすぎない。戦争が始まる前には、反戦を説く自由も、反ファシズムを唱える自由も、全く無制限とは言わないまでも、存在しており、事実多くの政治家や知識人は、内務省検閲の網をかいくぐって、国民に情報を伝え、反戦・反ファシズムを呼びかけていたのである。いったん戦争が始まってしまえば、反戦・反ファッショの言動は禁止されるが、そのことは、報道の自由が無かったから戦争が始まったことを意味するものではない>

<報道の自由、批判的言論の自由を奪われ、軍部の無謀な戦争計画を知らされていなかったから、日本国民はあの戦争に反対できなかったという「戦後神話」は、全くの虚構なのである>

 坂野さんはこうした神話が生まれたのは、<当時の資料を直接読まなかったという怠惰の結果>だという。しかし、いくらこうした資料を読んでいても、思いこみが強ければ、真実は容易に見えてこない。一つの神話がようやく崩されようとしている。しかしまだまだたくさんの「神話」がこの日本には生きていて、私たちはそれに縛られて生きているのだろう。


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