橋本裕の日記
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2004年03月19日(金) 初秋

36.観覧車の思い出

 修一が福井のデパートの屋上で蜜豆を食べたのは、小学校に上がる少し前のことだった。デパートでランドセルを買ってもらったのを覚えている。父と母と三歳年下の弟と一緒だった。屋上には観覧車が動いていた。

 日差しはあたたかだったが、風の強い日だった。蜜豆を食べながら、母が「太陽と北風」の話をしてくれた。修一は食べ終わるとスプーンを舌先できれいになめて、母に叱られた。修一はスプーンを目に近づけて、そこに写った観覧車を眺めた。

「観覧車にのるか」と父に誘われて、修一はうなづいた。母と弟をそこに残して、二人は観覧車に乗った。福井の街が足許にひろがり、修一は鳥になったような気分がした。途中、風が強く吹いて観覧車が止まったが、とくに怖いとは思わなかった。止まった観覧車から下を見ると、母と弟が見上げていた。修一が手をふると、弟も手をふった。

 中学生の頃、小学生の弟と二人でデパートに遊びに来たことがあった。村からバスに乗り、丸岡で電車に乗り換え、福井についた時にはお昼近くだった。デパートの食堂でオムライスを食べ、屋上の遊園地に来た。

 やはり観覧車が廻っていて、修一は弟と二人で乗ったが、すぐに後悔した。もし観覧車が落ちたらどうしょうと思ったからだ。死ぬかも知れないし、死なないまでも大けがをして弟と二人で寝たきりになるかもしれない。数ヶ月前に母が屋根から落ちて寝たきりになっていたので、その不安がよけいに強く迫ってきた。

 観覧車から降りたときには、修一は真っ青な顔をしていたようだ。係員の女性から、「大丈夫ですか」と声をかけられたのを覚えている。修一が高所恐怖症になったのは、このときからかもしれない。

 信号が青に変わって、人々が動き出し、修一はわれに返った。角を曲がった先に高橋文子が勤めている店がある。修一と葉子の足取りが少し速くなった。修一は久しぶりに蜜豆が食べたくなった。


橋本裕 |MAILHomePage

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