橋本裕の日記
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2004年03月18日(木) マラトンの戦い

 高橋尚子さんがアテネオリンピックのマラソンに出られなくなった。オリンピック二連覇の夢がかかっていただけに残念である。しかも、舞台はギリシャだ。オリンピック発祥の地である。

 いうまでもなく、マラソンは「マラトンの戦い」に由来している。BC489年9月12日、ペルシャ王ダリウスは2万人もの大軍を率いてギリシャのマラトンに上陸した。迎え撃ったのはミルティアデス率いる約一万のギリシャ重装歩兵たち。ギリシャ軍の果敢な攻撃に前にペルシャ軍は大敗した。

 戦勝の報告のために兵士ペイディピアデスはマラトンからアテネのパンテノンまで42キロを駆け抜けた。そして、パルテノンにたどり着くと、「われ勝てり」と一言叫んで息絶えたという。これを記念して、マラソンという競技が生まれた。

 ところで、「クレオパトラの鼻が低かったら世界の歴史は変わっていただろう」というパスカルの言葉がある。しかしこれは真っ赤な嘘である。別にクレオパトラやとシーザーがいようといまいと、世界の歴史の大勢は変わらなかっただろう。しかし、マラトンの戦いでもしアテネが負けていたら、それこそ世界史はまったく変わっていただろう。

 プラトンもアリストテレスもユークリッドもアルキメデスも、その他もろもろの偉大な知性は生まれなかっただろうし、自由や民主主義という理念も生まれなかった。パルテノン神殿も建たなかったし、アレクサンダー大王も生まれなかった。ヘレニズム文化そのものが成立しないので、もちろんエジプトにギリシャ人の女王が生まれることもなかっただろう。

 ギリシャの植民地カルタゴも生まれなかっただろうし、ギリシャ文明の継承者であるローマ帝国も生まれなかった。ギリシャ語で書かれた聖書も存在しないだろうから、キリスト教そのものが存在したかどうかもわからない。

 ルネッサンス(文芸復興)はもちろん存在しないし、そうすればダンテもミケランジェロもダビンチもガリレイの「天文対話」やデカルトの「方法序説」パスカルの「パンセ」も存在しないだろう。ニュートンもカントやゲーテも存在せず、つまり、西欧文明自身が存在しないことになる。そして私が高校で数学を教えることもないわけだ。こう考えてくると、マラトンの戦いこそ、人類史の分かれ道、まさに「世界史が動いた瞬間」だと言える。

(参考サイト) http://homepage.mac.com/naoyuki_hashimoto/iblog/index.html


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