橋本裕の日記
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2004年03月17日(水) 九九の得意な日本人

 数年前のことだが、ブレア政権の教育担当大臣のスティーブ・バイアーズ氏が、イギリスのラジオ番組で、「最近の生徒は暗算が出来ない。算数を毎日一時間は勉強しよう」と訴えたことがあった。そのとき司会者が、「それでは大臣にお訊きしますが、7かける8はいくつでしょう」と訊いた。

 大臣は「54です」と答えたが、これはいうまでもなく、「56」のまちがい。過ちを指摘された大臣は、「私も毎日算数を勉強します」と答えたという。イギリス人は日本人のように学校で九九を暗唱させられることがない。九九の表はあるが、それは暗唱するものではなく、そうした表を暗記する習慣もないようだ。

  昭和21年、アメリカの教育視察団が日本にやってきて、小学2年生の授業を参観したとき、「九九」を教えているのを見て、「こんな小さい子供たちに、こんなむつかしいことを教えている」と大いに驚いたという。アメリカでも九九の表はあるが、その表を全部暗記させるなどということは考えていないようだ。これはフランスやドイツでも同じで、多くの欧米人は「足し算」はできるが「かけ算」はできない。

 若草の新手枕をまきそめて
 夜をや隔てむ二八十一あらなくに

 これは万葉集巻11−2542の歌である。「二八十一」は「にくく」と読む。万葉集では「十六」と書いて「しし」、「二二」とかいて「し」と読ませたりしているが、これは言うまでもなく「九九」を使った遊びである。万葉の時代から「九九」は日本人に親しまれていた。

「九九」の発祥の地の中国では、すでに紀元前八世紀の故事に、「九九」ができることを武器に仕官しようとした男の話が出ている。「九九くらいできてどうする」という相手に、「九九ができるくらいで仕官できると噂がたてば、大勢有能な人がこの国にやってくるでしょう」と持ちかけて、無事仕官したというのである。「九九」ができることは古代中国ではそう珍しいことではなかったようだ。

 こんどのサミットで小泉首相は各国の元首に、「7かける8はいくつですか」と訊いてみてはどうだろう。ブッシュ大統領やブレア首相などはおそらく立ち往生するのではないだろうか。「日本では小学生が全員こたえられますよ」と言って、小泉首相自ら英語で暗唱してみせれば、一同感心してくれるかも知れない。

 もっとも、フランスの大統領から、「なるほど日本の子供たちは優秀なようですが、大人達の学力はぱっとしませんね。OECDの学力調査では、日本人の大人は原子と分子のどちらが大きいかも知らないというではありませんか。日本の大人たちは子供たちに塾に通わせながら、自分たちはパチンコばかりしているのですか。フランスの大人達は九九は言えませんが、ユークリッドの背理法は知っていますよ」と逆襲されるかも知れない。数学者の秋山仁さんもこう書いている。

「若者の理数離れといわれますが、実は大人の学力低下の方が深刻なのです。小・中・高生は国際学力比較において上位に位置していますが、OECDが行っている一般人に対する理科の理解度調査などでは、日本はほとんど最下位に近い。若者の学力低下を心配する前に大人が勉強すべきです」(「週刊朝日」2004年3月19日号)

 秋山さんは「ゆとりの教育が物議を醸していますが、知識詰め込み型で学んだ大人の学力の方が低いことも考えさせられるところです」と述べている。かけ算ができることはすばらしいことだと思うが、世の中には他にも学ぶべきことはある。そうした「学びの心」をどう育てていくか、そしてそれをどう「生涯学習」に結びつけていくか、これからの教育の課題だろう。

(参考文献) 「誰が数学嫌いにしたのか」 上野健爾二、日本評論社


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