橋本裕の日記
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35.秋の日差し
テレビ塔から降りて、二人は「コスモス」の方に歩いた。店は先ほど確認してあるので、迷うことはなかった。葉子も店を確認済みらしく、足取りに迷いはない。修一は葉子に従うように歩いていった。信号待ちで、二人の足が止まった。
「今朝、島田さんに、コスモスという店、知っていますかって訊いたのよ」 「それで」 「首を横に振るの。高橋文子という名前にも心当たりはないようよ」
葉子は島田の記憶喪失を疑ってはいない。島田の記憶喪失が装われたものかもしれないというさと子の言葉は葉子に伝えてなかった。ただ文子が島田の娘ではないかという疑問は言ってある。顔が似ているというのだが、他人のそら似ということもある。葉子がどう判断するか興味があった。
「島田とは長いつきあいだけど、この十年間はあまり会っていなかったからね。不動産の商売が落ち目だということも、本人は何も言わなかったよ。他人のことは心配していろいろ訊いてくるくせに、自分のことはあまり話さないから、得体の知れないところがある」
修一は信号を待ちながら、病室の島田のことを思い出していた。ほんとうに記憶喪失なのか、ただ装おっているだけなのか、島田のことは疑い出せば切りがなかった。たしかに得体の知れない人物かも知れなかった。
葉子はだまって聞いていたが、何か思いだしたように、 「そう言えば、島田さん、甘党だったわね」 「そうだったかな」 「病院の給食で蜜豆がでたとき、おいしそうに食べていたわよ」
葉子の言葉が、修一に忘れかけた記憶を甦らせてくれた。それは、幼い頃、両親に連れられて行った福井のデパートの屋上の遊園地で、はじめて蜜豆を食べた日の思い出だった。修一は秋の日差しに目をほそめて、白い雲がうかぶ空を眺めた。
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