橋本裕の日記
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2004年03月12日(金) 初秋

34.仙崎への旅

 葉子の話によると、金子みすヾは本名を金子テルといい、明治36年に山口県の仙崎に生まれたのだという。20歳の頃から「童話」や「金の星」などにすぐれた作品を発表し、西條八十に「若き童謡詩人の巨星」とまで称賛されながら、昭和5年26歳の若さで世を去った。

 やがて戦争の混乱のなかで、彼女の名前も作品も忘れられたが、没後50年もして、童謡詩人の矢崎節夫さんが、彼女の遺稿を発見して出版したのだという。金子みすヾの詩はたちまち評判になり、今では小学校の教科書にも必ずとりあげられているらしい。

「そうか。仙崎の人か。なつかしいな」
「仙崎に行ったことがあるの」
「もうずいぶん前のことだけどね」

 学生時代に島田と長旅を旅したことがあった。若狭から鳥取砂丘を経て、松江や山口に行ったが、その途中で仙崎に寄った。島田は小学生の頃、そこでしばらく暮らしたことがあるという。仙崎の駅の近くで昼飯を食べてから、古びた街を抜け、海岸へ出て、しばらく散策した。そんな記憶が甦った。

「島田さんは金子みすヾのこと、知っているかしら」
「知らないだろうね。彼が興味があるのは、吉田松陰くらいだろうね」
「吉田松陰って、勤皇の志士だったわね」
「そうさ」

 島田は吉田松陰を尊敬していたが、同郷人のよしみだろうか。もっとも、島田が山口県の生まれだとは限らないが、仙崎で小学生時代を過ごしたことはたしかなようだ。修一は葉子から詩集をわたされて、いくつか読んでみた。「土」という題の、こんな詩があった。

   こッつん こッつん
   ぶたれる土は
   よいはたけになって
   よい麦生むよ。

   朝からばんまで
   ふまれる土は
   よいみちになって
   車を通すよ。

   ぶたれぬ土は
   ふまれぬ土は
   いらない土か。

   いえいえそれは
   名のない草の
   おやどをするよ。

 詩というよりも童謡なのだが、それらは日本人が失ってしまった「おもいやり」という大切なものを、心の中になつかしく甦らせてくれた。金子みすヾの詩はどれもやさしい、そしてあたたかい思いがあふれていた。


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