橋本裕の日記
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2004年03月02日(火) 「帝国以後」を読む

 フランスの人口学者エマニエル・トッドは、旧ソ連邦における乳幼児死亡率(1歳以前に死亡した子供の比率)の増加から、いちはやくソ連の崩壊を予言した。そして近著「帝国以後」(藤原書店、2003年)で、今度はアメリカ帝国の「崩壊」を予言して、今や世界の話題の人になっている。今日はこの書を紹介しよう。まずは、アメリカの乳幼児死亡率について。

<1997年には白人においては1000に対して6であったが、黒人においては14.2であった。実は白人系アメリカ人の成績それ自体、日本やすべての西ヨーロッパ諸国の比率を上回るのだから、決して優秀とは言えないのだ。しかし少なくともそれは低下しつつある。1999年には1000に対して5.8に下がっている。逆に黒人における率は、まことに異常な事態だが、1997年から1999年の間に14.2から14.6へと再び上昇しているのである>

<読者はおそらく人口統計の指標の社会学的解釈に慣れておらず、ある程度の良識をもって、この程度の増加は微小であると考えるかも知れない。乳幼児死亡率は社会にとって全般的な意味を持たないと思っているかも知れない。実は乳幼児死亡率というのは、社会ないしは社会内の個別的セクターの中で最も弱い個人の現実の情況を明らかにするがゆえに、決定的な指標なのである。・・・外でのアラブ人の排除は内での黒人やメキシコ人の排除に呼応するのである>

<1990年から2000年までの間に、アメリカの貿易赤字は、1000億ドルから4500億ドルに増加した。その対外収支の均衡をとるために、アメリカはそれと同額の外国資本のフォローを必要とする。この第三千年紀開幕にあたって、アメリカ合衆国は自分の生産だけでは生きて行けなくなっていたのである。教育的・人口学的・民主主義的安定化の進行によって、世界がアメリカなしで生きられることを発見しつつあるその時に、アメリカは世界なしでは生きられないことに気付きつつある>

<アメリカは、相対的な経済力に関しては随分と落ち込んだとしても、世界経済全体から金を取り立てる能力を大量に増加させることに成功したのだ。つまりアメリカは客観的には略奪をこととする存在になったわけである。・・・経済的には依存的で政治的には無用な超大国、これをどうやって管理したらよいのだろうか>

<アメリカの社会と経済が不平等へと向かい、それにとりわけ有効性の欠如へと向かうという動きは、最後にはアメリカ合衆国と世界との関わり方を一変させるに至った。1945年には自立的な超大国だったアメリカは、それから半世紀後には、全世界の商品と資本を吸い上げるが、その代わりにそれと等価な財を供給することができない、一種のブラックホールのごときものになってしまった>

<2000年のアメリカの金持ち上位400人は、1990年の上位400人より10倍も金持ちであるという。ところが国民生産は2倍になっただけなのだ。こうしたアメリカ社会の上層部の所得の驚異的な膨張は、住民の大多数の所得の停滞ないし極めて慎ましい成長と同様に、帝国モデルを用いなければ説明できない>

<アメリカは1994年から2000年までの間に、「情報ハイウエー」「ニュー・エコノミー」の奇跡の段階に達したのではなく、「パンと見せ物」の段階に達したのである>

 トッドによれば、アメリカはそのみかけの強さとはうらはらに、その内部に深刻な矛盾をかかえて、今や「衰退」しつつある。経済や軍事面での「強さ」は、みせかけであり、その基盤の脆弱の裏返してしかないという。そしてここから、世界に混乱と厄災ををもたらす「問題児」としてのアメリカ像が現れてくる。

 ローマ時代、残酷な見せ物がコロシアムで市民の娯楽として上演された。奴隷が野獣と戦い、奴隷が奴隷と戦い、血を流すのをローマの人々は興奮して見物した。おなじことが、今アメリカの手で行われているわけだ。舞台はコロシアムでなく、イラクであり、アフガンであり、そよそアメリカが望む全世界がその舞台だからたまらない。

<アメリカ社会は300年の間、厖大な鉱物資源を要する土地、処女地であるがゆえに極めて農業生産力に富んだ土地の上に、すでに識字化された住民を輸入することによっえ発展してきた。アメリカは己の成功が、己が作り出したわけではない富を、代償も払わずにに搾取し消費する過程の結果であるということを、どうも理解していないのである。・・・アメリカは常に、土地を疲弊させ、石油を浪費し、労働に必要な人間を外に探し求めて、発展してきたのだ>

<アメリカ合衆国は己が相変わらず世界にとって欠かすことの出来ない強国だと主張しているのである。しかし世界はそのようなアメリカを必要としない。せわしなく動き回り、不安に駆られ、己の国内の混乱を世界中に投影する、そんなアメリカは。ところが、アメリカは世界なしではやっていけなくなっている>

<冒険主義はそれゆえ軍事にのみ見られるものではない。金融にも見られるのだ。そして今後数年ないし数ケ月間に、アメリカ合衆国に投資したヨーロッパとアジアの金融機関は大金を失うことになるだろうと予言することができる。株価の下落はアメリカ合衆国に投下された外国資産が蒸発してしまう第一段階に過ぎない>

<1997年12月には対人地雷禁止のオタワ条約を、1998年7月には国際刑事裁判所設立の合意を、ワシントンが拒否するという風に、すでに90年代後半に現れていた一方的行動の傾向が、2002年の1年間にわたって再び姿を現したのである。炭酸ガス排出についての京都議定書へのアメリカ合衆国の拒否がそれで、これによって歴史はかっての流れを再びたどるように見えたのである>

<歴史は歩みを止めることがない。民主主義が全世界に広まったということで、最も古くからの民主主義国−−アメリカ合衆国、イギリス、フランス−−も変化し続けているということを忘れてはならない。あらゆるものが、現在これらの国々は、徐々に寡頭制に変貌しつつあることを示している。・・民主主義は現在、それが弱体であったところで前進しつつあり、それが強力であったところでは後退しつつあるのだ>

<世界はしたがって、二重の逆転に直面している。先ず世界とアメリカ合衆国の間の経済的依存関係の逆転、そして民主主義の推進力が今後はユーラシアではプラス方向に向かい、アメリカではマイナス方向に向かうという逆転である>

<長い間、アメリカという尊敬される父親のような権力の忠実な子供たちであったヨーロッパ諸国は、ついにこの至高の権威がもしかしたら危険なものともなりかねない無責任性を事とするのではないかと、疑うに至っている>

<世界が必要としているのは、アメリカが消え去ることではなく、民主主義的で自由主義的にして、かつ生産力の旺盛な本来のアメリカに立ち戻ることなのである>

<現在のアメリカが「テロリズムとの闘い」の中で残り少ないエネルギーを使い果たしたいと言うなら、勝手にそうさせておこう。それはもはやすでに存在しない覇権の維持のための闘いの代用品に他ならない。もしアメリカがあくまでも全能を証明しようとするのなら、遂には己の無能を世界に暴露するという事態に立ち至ってしまうだろう>

<アメリカの衰退の分析は長期的な指標に依拠するものであり、イラク戦争というエピソードはシステムの断末魔の身震いの中で起こった偶発事にすぎないということになるだろうし、覇権を握る強国の衰退は、長期的に言って旧世界の自己組織力を解放して行くだろう>

<現在最終段階にある教育的・人口的移行期の苦痛の中で、世界は安定性へと向かっている。第三世界はそのイデオロギー的・宗教的熱病の発作を体験しつつ、発展と一層の民主主義へと前進しつつある。自由を保護するためにアメリカ合衆国に特段の活動が必要とされるような、世界的脅威はない。今日地球上にのしかかる全世界的均衡を乱す脅威は唯一つ、保護者か略奪者へと変質した、アメリカそのものなのである>

トッドの分析は緻密で大胆だ。アメリカの弱さ、そしてその弱さから来るわるあがきを、これほど完膚無きまで論理的に暴いてみせた書は見当たらない。その意味で、私はこの書を評価したい。しかし、問題点がないわけではない。明日の日記で、その点に触れてみよう。

(注)エマニエル・トッド
1951年生まれ。パリ政治学院を卒業。ケンブリッジ大学歴史学博士。現在、フランス国立人口研究所資料局長。
「第三惑星、家族構造とイデオロギーシステム」(1983年)
「新ヨーロッパ大全」(1990年、邦訳藤原書店)
「移民の運命」(1994年邦訳藤原書店)
「経済幻想」(1998年邦訳藤原書店)
「世界多様性」’1999年邦訳藤原書店)
など著書多数。グローバル・スタンダードに拮抗しうる国民国家のありかたを提唱し、その著作はいずれも評判を呼んでいる。


橋本裕 |MAILHomePage

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