橋本裕の日記
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31.風にゆれる心
高橋文子が勤めている「コスモス」という洋菓子屋はすぐに見つかった。修一はその店の前を通り過ぎて、テレビ塔の方へ歩いた。葉子とそこで3時に落ち合うことになっている。まだ、30分ほど時間があったので、修一はテレビ塔に登ってみる気になった。
名古屋にもう30年も暮らしていて、修一は一度もテレビ塔に登ったことがない。名古屋城の天守閣にも登ったことがなかった。登ろうという気もおこらなかったし、そもそも高いところは好きではない。5階建ての病院の屋上が限界だった。
5年ほど前に、白馬へ家族で遊びに行って、ケーブルカーに乗ったことがあった。妻や息子が窓から下を覗いて歓声をあげているあいだ、修一は空ばかり眺めていた。脇の下に汗をかきながら、早くこの時間が過ぎればよいと祈るような気持だった。
運が悪いことに、その日は風が強かった。途中、強風注意のため、何度かケーブルカーが止まり、そして風にあおられて大きく揺れた。修一は目を閉じて、吐き気をこらえた。おもわず、「なんまいだ」と唱えた。その声を息子がききつけて、おおきな声で、「なんまいだ、なんまいだ」と二度ほどとなえた。修一は息子の頭をげんこつで殴った。息子は白い目で父親を眺め、それからおとなしくなった。
ケーブルカーには修一の家族3人の他、若いカップルが一組乗っていた。若い女性は揺れる度に、ハスキーな歓声を上げていたが、青年の方は青い顔をしていた。修一はその青年に同情した。若い女に憎悪を抱き、こみ上げてくるものを浴びせかけてやりたかった。
それ以来、家族旅行らしいことはしなくなった。息子の頭を殴ったのもそれが最初で最後だった。それ以前行った家族旅行の思い出はどれも褪せている中で、風に揺られたケーブルカーのなかでの不快感だけはいつまでも残っていた。息子の白い目を思い出すと、修一はなんだかいたたまれなくなった。
どうしてテレビ塔に登ろうと思ったのか、登ってみてわかった。伊吹山や御岳がくつきりと見えた。遠くの山々に見とれていると、後ろから肩を叩かれた。振り返ると、そこに葉子が立っていた。
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