橋本裕の日記
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私がボンバーマンやマリオのファミコンゲームに熱中していたのは、もう十五年以上も前で、そのころは妻と喫茶店のケーキや紅茶をかけて勝負したこともあった。やがてそこに二人の娘が加わった。
数年もすると、わが家のファミコンの実力順位は、トップが次女で、そのあとに長女と妻が並び、最後尾を私が追いかけるというぐあいになった。次第に水をあけられ、妻や二人の娘達に勝ち目がなくなった私は、やがてファミコンからはなれ、10年ほど前に完全に足を洗った。
次女も去年大学の教育学部の英語科に進学してから、あまりファミコンに向かわなくなった。馬術部に入部したので、早朝練習に参加するため、毎朝6時に家を出る。そして馬の世話をしなければならないので帰りもおそい。勉強よりも馬術部がいそがしくて、あそぶ時間がなくなったようだ。
土日も練習や世話がある。それから馬術部から課せられたバイトのノルマがある。このバイト代は馬術部に献納しなければならない。検定試験の監督をすれば1万円ほどになるが、馬術部の収入になる仕組みなので、手元には一銭も残らない。割に合わないことだが、馬術部の運営にはお金が必要なのだ。
馬術の大会があると、試合に出ないときは運営員を務めるが、その報酬も没収される。役員席のおじさん達の指示を受けながら、放送係として一日マイクを握ったときには緊張してくたくたになったという。馬に乗るにはコスチュームなどいろいろと買うものがある。このために私的なアルバイトも必要だ。そして大学の試験期間中も、馬の世話を休むことはできない。
こうして見ると、馬術部は大変で、今時の学生で馬術部を続けようというのは変わり者なのではないか。次女の大学の馬術部でも、10数人いた一年生の部員は半年で半分以下になったという。数人いた1年生の女性部員も今は次女だけ。馬に乗るだけでなく、世話をするのも好きでないとつとまらない。
次女は運動神経はいいが、どうしたわけかよく落馬して怪我をする。妻が連絡を受けて、車で迎えに行き、病院に運んだこともあり、次女のからだには擦り傷や痣がたえない。私は骨を折って入院する前に馬をやめてほしいのだが、次女は続けるつもりらしい。外国の緑の草原を風を切って走る夢でも見ているのかも知れない。
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