橋本裕の日記
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| 2004年02月22日(日) |
利己的社会の経済学(7) |
私が首相になって、いつか5年の歳月が過ぎた。有能な二人の青年は大臣として私を補佐してくれた。福祉銀行に預けた国民の預金がどんどん目減りしていたが、その減り方が鈍化し始めた。教育福祉プログラムが、ようやく効果を上げ始めたからだ。
この間、5000をこえる学校が創られ、その中には20の大学も含まれていた。新聞や雑誌の売り上げが3倍に増え、国民総生産が2倍になって、失業はほとんどなくなった。このまま経済が拡大すれば、あと5年もすれば隣国の生活水準に追い付きそうだった。
そのとき、二つの国は一つになるかも知れない。歴史をさかのぼれば両国は一つの国だった。敵対と競争ではなく、信頼と友愛が国境の壁を崩すのも時間の問題だった。
ちなみに、隣国はもうほとんど経済が成熟していて、実質的な経済成長を止めていた。人々は週2、3日ほどしか働かず、残りの時間はボランティア活動や文芸や学問、スポーツを楽しんでいた。物質的な繁栄よりも、精神的な価値を貴び、多くの人々は車さえ所有せず、自然の中でゆったりと、質素に優雅に暮らしていた。
私は王宮の一室で暮らしていたが、ひんぱんに青年の家に出かけて、彼の母親の手料理をごちそうになった。そうするうちに、私は彼女に好意以上のものを覚えた。そして、ある夜、彼女にプロポーズした。彼女は二つ返事で、私の愛を受け入れてくれた。
私たちは王宮の一室で、控えめな結婚式をあげた。王様を始め、二人の青年は国民行事として盛大に祝おうとしたが、私たちはそれを望まなかった。二人の新婚旅行は隣国だった。私は5年ぶりに、なつかしい生まれ故郷に帰った。
私は新妻をかっての妻の墓に案内した。そこには木の墓標がひっそりと立っているだけだった。墓標には10年前に死んだ妻の名前だけが刻まれていた。私は手を合わせ、死んだ妻に結婚の報告をした。
墓標は半世紀もすればあとかたもなくなる。妻の骨が灰になってあたりに散ったように、墓標も土に還る。そしてそれが自然だった。このこの国ではいつのころからか、石の墓はつくらなくなっていた。その素朴な木の墓標を、新しい妻がしみじみと見つめていた。
「何だか淋しいわ。他に奥様の形見はないのですか」 「子供が形見なんだろうが、いないしね。しかし、妻は病床でこんな素敵な詩を教えてくれたんだ。だれの詩かわからないのだがね」 私は妻の墓標にやさしく手をふれて、「私は生きています」という詩をつぶやいた。
墓標をひとつ作って下さい そこに私の名前を書いて下さい 私が望むのはそれだけです
なぜなら、私は生きているから あなたの中で そして、世界の中で
ときには明るいひかりとなって あなたを温めます 冷たい風になって あなたの髪にたわむれます
そしていつか わたしたちは一つの風になって 緑の草原を渡っていきます
ひとつの息になって 遠くの木立の上を 吹いていくのです
(これで「利己的社会の経済学」を終わります)
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