橋本裕の日記
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2004年02月20日(金) 利己的社会の経済学(5)

 明くる日、青年は皇太子を連れてきた。私はこれまで何度か皇太子と会っていたが、話をするのは初めてだった。やせぎすの神経質そうな感じの、プライドの高そうな青年だった。しかし、話しているうちに、彼がなかなか鋭利な頭脳の持ち主であることがわかった。

「あなたは講演の最後に宿題をだされましたね。どうしたらこの国の経済をよくすることができるかと。ヒントは資金と人材を活用することだと述べられました。そのことについて、私はこの一週間、いろいろと考えてみました」

 皇太子はお金が活用されないのは、需要がないからだと考えた。したがって、需要を作り出すために、国家的プロジェクトを立ち上げる必要がある。そうすれば人材も活用されるだろう。また、プロジェクトを通して、国民が生き甲斐を感じ、働くことの意義を感得できればなおさらよい。

「問題は、どんなプロジェクトがこの国を活性化させるかということです。私はこの数日間、このことにばかり考えていました。昨夜、従兄弟からあなたと会うように言われて、私は困ったと思いました。まだ、私は暗中模索の状態だったからです。しかし、一晩考えて、いくつかのアイデアが浮かびました」

 皇太子は一枚の紙を私に見せた。「国民のためのプロジェクト」と題されたそのペーパーに、彼のアイデアがいくつか箇条書きに記されていた。すべての国民に高等教育への道を開くこと。そのために学校を建て、国民に無償で教育サービスを供与すること。図書館やスポーツ施設や映画館などの文化施設を人々が自転車で移動できる範囲に必ずつくること。などなど、いづれも国民の福祉に貢献するプロジェクトだった。私はペーパーを皇太子に返しながら、

「たいへんすばらしいですね。ぜひ、このプロジェクトを立ち上げましょう。しかし、問題は費用です。国家の財政状態はかなり危機的だと聞いています。どうやってこの資金をつくりだすのですか。私の国から資金を援助して貰いますか」

「私はこのプロジェクトを自前でやり遂げたいのです。それに資金がないわけではありません。確かに王宮の金庫にはお金はありません。しかし、お金は国民が持っています。国民のお金を活用します」

 皇太子は「国民貯蓄銀行の設立について」と題された、もう一枚のペーパーを私に手渡した。今後一年間のうちにお札を新しいものに変える。その際、生活に必要なお金意外は一年間国民貯蓄銀行に預けさる。もちろんただではあずからない。3パーセントほどの金利を払うことにする。そうすれば、利己的な国民も喜んでお金を預けるだろう。そのお金を原資にして、国はプロジェクトを押し進めることができる。

「3パーセントの金利は毎年現金で払うことにします。そうすれば国民はお金が増えたことが実感できるでしょう。その利益を再び貯蓄銀行に預ける人もいれば、消費につかう人もいると思います。いずれにせよ、こうして経済は活性化し、国民の生活も改善されます。考えてみれば、これはとてもシンプルなアイデアです。どうしてこんな簡単なことが思いつかなかったのか、不思議なくらいです」

 皇太子は話し終わると、部屋に飾ってあった陶器の置物を取りあげ、それを床に落とした。そしてその破片の中から、黒い電子チップを見つけだして私に見せた。どうやらそれは盗聴器のようだった。

「盗聴器をつけたのは私です。私は皇太子としてこの国を守る責任があります。失礼とは思いましたが、あなたの部屋にもこれを取り付けました。しかし、もうその必要はないでしょう。私は人を信用することができません。しかし、従兄弟とあなただけは例外です。あなたたちは、私にこの世に奇跡がありうることを教えてくれました」

 私たち三人は握手をし、肩を抱き合った。青年は別れ際に、皇太子と私を彼の家の夕食に誘った。客人を迎えるのは、彼の父親が死んで初めてのことだという。「母の料理はきっとお口にあうと思います」という言葉に、私の胃袋が反応した。私の最大の欠点は、グルメに目がないことだった。そして、この宮殿の調理人の腕はひどすぎた。

(「初秋」はお休みさせていただきました)


橋本裕 |MAILHomePage

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