橋本裕の日記
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| 2004年02月17日(火) |
利己的社会の経済学(2) |
利他的な社会から利己的な国にやってきて、私が最初にしたことは、その国をよく観察することだった。私の育った利他的な国に比べて、この国の人々はあまり幸せそうではなかった。人を信じようとせず、心を開こうとしない。そうした人々を見るにつけ、私は何とかこの国の人々の心を明るくしてやりたいと思った。
私は王様や政府の役人、学者達やこの国のおもだった経済人を前にして、「経済はなんのためにあるのか」という話をした。経済の目的は市場を通して、お互いに利益を与えあうことだ。自分が他者に与え、そして他者からも受け取る。そうした過程を通して、双方が満足を得、豊かになっていく。そのために必要な環境づくりをするのが政府の役目だ。そんな話の途中に、役人の一人が疑問をぶつけてきた。
人間というものは、ほうっておけば争いになる。これを防ぐために、我々は強力な権力を持ち、監視体制を整えなければならない。国民は自分中心的で、何かというと他人を出し抜こうとする。あるいはこっそり怠ける。こうした自分勝手で怠け者の国民を働かせるには強制労働もやむをえないのではないか。そんな内容だった。
この国では、労働は苦役でしかないようだ。子供は尻を叩かれ、いやいや勉強している。少しでもよい生活を得るために、そうした利己的な目的のために、必死に歯を食いしばって勉強する子供たちもいたが、そうした勉強がどれほど役に立っているか疑問だった。ただ、他人に優越するために、利己的な目標のためだけにがんばっている。質問をした役人もそんな勝利者の一人なのだろう。私は再び話し始めた。
「政府は国民を支配するためにあるのではありません。そうではなくて、国民にサービスするためにあるのです。国民の教育や医療や、老後の生活のための年金や、そうした福祉制度を整えて、国民が安心して生活できるようにすることが、政府の基本的な仕事なのです」
「福祉制度ができれば、生活が保障されて、みんな働かなくなるという説があります。これは人間は基本的に働くのがいやで、怠け者だという人間観です。教育についても、人間はだれしも勉強が嫌いで、怠けていたいものだという考え方があります。こうした考え方に立てば、不安と恐怖と強制をあたえて、競争原理によって働かせたり、勉強させるべきだということになります」
「これにたいして、人間は基本的に働くのが好きだ、勉強するのが好きだという労働観、教育観があります。労働はたしかに苦痛をともなうが、それは単に賃金を稼ぐためのものではない。それによって社会に関わり、世の中に貢献することは、しあわせでもあり、いきがいでもあるという考え方です」
「私は単純に性善説をとる者ではありませんが、人間はそのおかれた社会システムや教育によって根本的に影響されると思っています。何故、労働が忌むべきものになり、勉強嫌いがこの世界に蔓延しているのかと言えば、人間がもとよりそうであるとは考えないのです。社会を支配している非人間的システムがそうした人間や思想を大量生産しているからだと考えます」
「経済は単に個人の利己的な利潤追求のためにあるのではありません。それは国民のしあわせを作り出すためにあるのです。そしてその基本になるのは信用ということです。お互いに信じあうということがなければ経済はなりたたないのです。ところが、この国ではお互いに信じあうことがむつかしいのです。それはこの国のシステムに問題があるからです」
「したがって、私たちはこれからこうしたシステムを大胆に変えて行かねばなりません。しかし、おそらく、皆さんはこれに反発するでしょう。そこで、私はあえて現在のシステムの前提になっている人生観や哲学にまでさかのぼって、これを検証してみたのです。みなさんが現在考えていることは、みなさんが現在身を置いている社会によって半ば強制されていることであり、社会のシステムを変えていけば、その考え方もかわります。人生観まで変わってしまうのです。まずはこのことをみなさんに知っておいてほしいのです」
私の話はほとんど彼らの心に届かなかった。ある役人は私に聞こえるように、「福祉なんて無理だ。お金があるわけがない」とつぶやいた。「これ以上、国民を甘やかしてどうする」という声や、「こいつはわが国を滅ぼすつもりだ」、「何が信用だ」という罵声も届いた。私は彼らの反応にそれほど驚かなかった。最初はこんなものだろうと思っていた。
「哲学的な話はこのくらいにしましょう。それでは皆さんはどうしたらこの国の経済がよくなるとお考えですか。私はいまあるお金や資源を有効につかうことだと思っています。この国ではお金が死蔵されています。人間も活用されていません。これでは経済や文化が停滞するのが当たり前です。どうしたら、資源・資金が有効に活かせるのか、次回までに皆さんも解決策を考えておいてください」
私はしずかに演壇を降りた。拍手はひとつもなくて、ただ溜息と険しい視線だけが会場にあふれていた。王様は終始不機嫌そうに黙り込み、役人たちはそんな王様を心配そうに眺めていた。
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