橋本裕の日記
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2004年02月16日(月) 初秋

28.洋菓子屋の女

 二人の客が帰った後、さと子は店先の暖簾をしまった。店の女も帰して、修一と並んで坐ると、一枚の名刺を帯の間からだして、カウンターに置いた。「コスモス」という店の営業用の名刺らしい。「高橋文子」という名前が読みとれた。

「栄の洋菓子屋で営業をしてみえる女性の方よ。知っている?」
「いや」
「一週間ほど前にいらして、名刺を見せて、島田の入院した病院はどこか訊かれたの。でも、教えなかったわ」
「愛人じゃないのかな」
 修一は口にしてから、さと子に言うべき言葉ではなかったと思った。

 さと子は表情を変えるでもなく、
「5年ほど前に洋菓子屋をはじめるとき、資金面で島田に助けて貰ったらしいの。その恩返しがしたいって言うのよ。」
「ふうん」
 修一は「コスモス」という店も、「高橋文子」という名前にも記憶がなかった。女の言葉を額面通り信じてよいものかどうか。サラ金のまわしものとも限らない。

「その方が、今日のお昼に豪勢な欄を持ってきたの」
「君が買ってきたんじゃないんだね」
 修一は病室にあった蘭を思い出した。
「病室には、ちょっと派手でしょう」
「まあ、そうだな」

 修一は名刺を手に取った。何気なく裏返してみると、そこに別の電話番号が書いてあった。おそらく自宅の番号なのだろう。ふと、島田に娘がいるのではないかという、葉子の言葉を思い出した。

「その女性は島田に似ていたかい」
「似ているといえば、目の辺りが……」
 さと子も疑っているようだ。高橋文子が島田の娘だとしたら、母親はだれだろう。年齢から言えば、良子だろうか。
 
 名刺を返そうとすると、さと子は押し返した。
「あなたにお店の方を偵察してきて貰おうと思っているの」
「相談というのは、このことだね」
「そうね、それと……」
 修一は名刺を財布に入れて、さと子の言葉を待った。


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