橋本裕の日記
DiaryINDEXpastwill


2004年02月06日(金) 初秋

25.病院からの電話

 修一が電話に出ると、少し早口の女の声で、
「失礼ですが、三田葉子さんのお宅でしょうか」
「はいそうです」
「私、S病院の者ですけど、葉子さんはいらっしゃいますか」
 相手は名前を告げなかったが、例の婦長だとわかった。

 修一は受話器の口をふさぐと、小声でガラス戸越しに、
「病院からだよ」
「今、出ます」
 葉子は頭にタオルをまいたまま現れた。服は白いワンピースだった。急いで着たせいで、後ろのジッパーが上がりきっていなかった。

 受話器を取った葉子の表情が、すぐに変わった。修一は島田に何かあったのかもしれないと、彼女の真剣な横顔を見つめた。
 電話を終えて、葉子は頭のタオルを取った。

「美智子ちゃんがよくないらしいの。私これから病院に行って様子を見てきます。今日はせっかくご馳走していただけそうだったのに、ごめんなさい」
「僕も病院へ一緒に行こうか?」
「いえ、私一人で大丈夫です」

 修一もこの眠ったきりの少女を身内のように感じていた。身寄りがなければ自分が引き取って育ててもよいなどと考えたのは、そのときの感傷からばかりとも言えなかった。
「そうか。それじゃ、美智子ちゃんのこと頼むよ」
 修一はソファから立ち上がった。

 葉子が玄関口まで送りながら、
「病院からの電話のことですけど、聞かなかったことにしていただけませんか」
「あの婦長さんからかい」
「はい。叔父が田舎から出てきたことにします」
「叔父さんか、それはいい」

 アパートを出た修一は、このまま家に帰ろうかと迷った。しかし、今頃は妻と息子はレストランに向かっているかもしれない。やはりさと子の店に行くことにした。


橋本裕 |MAILHomePage

My追加