橋本裕の日記
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24.女の部屋
長いこと、呼び出し音が続いた。その間に葉子が洗濯物を抱えて後ろを通った。受話器を置こうとしたとき、息子の泰夫が出た。 「父さんだ。遅くなる。食事はいらない」 「母さんはシャワーを浴びているんだ。伝えておくよ」 「たのむ」
修一が切ろうとすると、泰夫の声が続いた。 「僕たちはこれから外食するよ。今日は母さんの誕生日だから」 「ああ、そうか」
修一は言われて初めて気がついた。妻の芳子の誕生日など、これまでも気にかけたことはない。それはおたがいさまで、修一も自分の誕生日に何かしてもらったことはなかった。何日か経って、ああ俺も一つ歳をとったのかと思い当たる。
「それじゃ、母さんにご馳走してやってくれ。レストランの費用は俺が出すから」 「いや、お金は僕が出すよ。バイト代が入ったからね。あまりご馳走はできないけど、新栄にアットホームなフランス料理店があるんだ」 「そうか、それじゃ、母さんによろしくな」
電話を切って、修一はソファに腰を下ろした。葉子と「さと」に行くのを止めて家に帰ろうかと思った。今なら、電話をすれば間に合う。もっとも妻は泰夫と二人での外食のほうを喜ぶかも知れない。修一は葉子のいれてくれたお茶を飲みながら、ベランダを眺めた。いつの間にか暮色が深くなっていた。
葉子がキッチンから戻ってきて、 「シャワー、おつかいになりますか」 「いいや、いいよ」 汗を流したかったが、下着の替えがあるわけではない。 「それでは、私……。よかったらテレビでもごらんください」 葉子はコントローラーを修一の前に置くと、キッチンと居間のガラス戸を閉めた。
2DKの質素なアパートだったから、脱衣室はなくて、キッチンの片隅で着替えなくてはいけない。キッチンの隣りが浴室のようだった。シャワーを浴びている葉子を想像して、修一は落ち着かなかった。テレビのコントローラーに手を伸ばしたとき、ステレオの上の電話が鳴って、修一はどきりとした。
立ち上がったが、受話器を取っていいものか迷った。葉子の声がガラス戸越しにした。 「すみません。ちょっと出ていただけますか」 葉子の声に促されて、受話器を取った。
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