橋本裕の日記
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2004年01月31日(土) いかに解くかが問題

 センター入試の成績も出て、大学受験はこれからが本番である。去年は次女の大学受験があって気が抜けなかった。今年も3年生の教科担任なので、まるで気楽なわけではないのだが、私が教えている生徒達はすでにほとんど進学先が決まっている。私のクラスでもこれから大学を受けようというのは数名だけだ。

 さて、昨日は出張で、数学研究会に参加した。私と同じ高校の数学の先生が八人ほど次々と研究発表をする。その中の一人が、東京大学理系の平成15年度入試に出題された「円周率πが3.05より大きいことを証明せよ」という円周率の問題を紹介した。

 数学の問題はいろいろな解き方がある。研究会でも4つほど紹介されたが、その中で一番シンプルなのは半径1の円に内接する正八角形の辺の長さの和が円周(2π)より短いという関係式を使う方法である。これは公式として余弦定理が使えれば簡単に解ける。

 正12角形を使えば、πが3.06よりも大きいことが同様な考察から証明できる。勿論これでもよい。あるいは正24角形の面積と円の面積を比較することからもπが3.06より大いことが証明される。そのほかに、関数の積分を使った方法が紹介された。

 受験生で多かったのは、正八角形を使った解答だったそうだ。これが一番簡単で最短距離の解答だと言えよう。私が受験生だとしても、この方法で解くに違いない。しかし、東大の先生の話では、「正解かどうかよりも、思考の質が重要」だという。ただ答えが合っているというだけではつまらない。そこに何か独自な個性が光っていれば高い評価が得られるわけだ。

 たとえば「直角三角形において斜辺の二乗は他の二辺の二乗の和に等しい」という三平方の定理(ピタゴラスの定理)で考えてみよう。この定理を証明せよという問題が東大の理系で出題されたら、受験生はどう考えるだろう。「中学で習った超カンタンな問題だぞ。ばかにしている」と思った生徒は数学者にはなれないだろう。

 問題は解けて当たり前だ。試験官が見たいのは、解けるかどうかではなく、「いかに解いたか、解こうとしたか」なのである。三平方の定理の証明は100種類以上ある。中学校の教科書に書いてあるのと違った方法に挑戦して、まったく独創的な証明を試みた答案ほど高い評価がもらえるわけだ。

 答えには○か×だけがあるわけではない。正解の中にも様々なものがある。これは以前も書いたことだが、「あなたをサポートします」という和文の英訳として、次の二つはいずれもCORRECTなものだ。

��I will support you.
��You will have my support.

 入試問題なら、�,皚△眄飢鬚任△蹐Α�しかし、GOODかどうかという観点からすると�,茲蠅廊△�上である。�△諒�が自然な英語で、ネイティブならこう言うに違いない。英語は「聞き手中心」という特性を持っている。しかし、そのような事情に無頓着な多くの受験生は�,播�えるだろう。学校ではこれが正解として教えられているし、辞書にも載っている。

 数学の場合も事情はおなじである。答えが合っていればよいというのではなく、その答えにたどり着く道筋にこそ醍醐味が隠されている。「合っているかいないか」よりも「いかに解いたか」が重要なのだ。CORRECTとGOODの間には大きな隔たりがあるのだが、日本の学校では無視されている。GOODであることが評価されることがない社会は、どこか異常で殺伐としている。

 (時を同じくして、大阪大学の理系では「円周率πが無理数であることを証明せよ」という問題が出題された)


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