橋本裕の日記
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2004年01月21日(水) 殺人プログラムの恐怖

 私の勤務校で学んでいたブラジル人の高校生が、一年間の留学を終えて、いよいよお国に帰ることになった。その世話をしていた英語科のT先生が、留学生が日本の高校にどんな印象を持っていたか教えてくれた。

「ブラジルの学校は午前中で終わるらしいですよ。夏休みも長い。日本へ来て、午後も授業があるのに驚いたそうです。それから、日本の生徒は姿勢が悪い。顔を上げて相手の目を見て話すことがないのが、いかにも自信がないように見えるということですね」

 日本の生徒は、小さいときから勉強を押しつけられて、偏差値競争の中で自信を失い、自尊心をなくしているのではないか。他人の目ばかりを気にし、ただ競争にのみあくせくするばかりで、人生のほんとうの楽しみ方も知らず、自立心も育っていないのだろう。考えてみると、かわいそうである。

 人生に目標を失い、やる気を失った彼らは、学習意欲そのものを失い、学校から帰ると、部屋に閉じこもってテレビやビデオで暴力やセックスシーンを見つめ、テレビゲームで敵を倒すことに熱中する。そして自己陶酔的で思考を遮断させるような麻薬的なロック音楽の洪水のなかに逃避するしかない。これではあわせな人生だとは言えない。とくに私が心配するのは、学校の競争主義にくわえて、子供たちの脳を汚染しつつあるこれらの「文明的」な娯楽の野蛮さだ。

「人を殺す、つまり同種を殺す能力は人間に自然に備わっているものではない。殺すことを習わなければ、備わらない能力である。兵士に人殺しを教えるように、テレビや映画は子供達に人殺しを教えている。今日の社会は、子供を人殺しに育てあげるためにトレーニングを繰り返しているようなものだ」

 これは25年間、米陸軍心理学者として 「どうしたら人が殺せる人間を育てられるか」を研究し、訓練用のプログラムを作ってきたグロスマン氏の言葉だ。彼は子供が犯罪に走るのは、メディアによる暴行シーンの垂れ流しが大きな要因だと主張している。

 まさに軍隊で行われている「殺人プログラム」がそのまま家庭まで持ち込まれて、子供たちにその訓練をしているのが現状である。これで子供たちがまともな人間に育ったら、それこそ奇跡と言うべきではないか。こうした殺伐として環境で育った子供たちは必然的に、他人を打ち負かすことしか考えない攻撃的な大人になるしかない。

 こうした殺人ゲームで鍛えられた人間の作る社会がどんなものになるか、容易に想像がつく。ちなみにアメリカでは現在、少年犯罪で死刑判決を受けて死刑囚として服役しているのは78名いるという。全員男性で、殺人罪だそうだ。いたるところに銃があふれ、100万人以上の兵隊が任務につき、180万人もの囚人が刑務所にひしめいている。

(参考サイト)http://news.msn.co.jp/461458.armx


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