橋本裕の日記
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20.午後の喫茶店
喫茶店スミレで葉子を待ったが、四時半を過ぎても彼女は現れなかった。修一はホットコーヒーを注文して一人で飲んだ。十分ほどして、半袖の白いブラウスに紺のスカートの葉子が来た。白衣姿しか見慣れていない修一には新鮮だった。
アイスコーヒーを注文したあと、ハンカチで額の汗を拭きながら、 「お待たせして申し訳ありません。また、婦長さんに捕まって……」 葉子は婦長から小言を言われるらしい。トイレの中で泣いたこともあったが、最近は神妙に話を聞いて、婦長がいなくなると舌を出すのだという。修一は婦長の色の白い丸顔を思い浮かべた。
「やさしそうにみえるのにね」 「患者や医者の評判はいいし、看護婦達も信頼しているわ。私も彼女のことを尊敬しているのよ。彼女も私に親切だったけど、だんだん険しくなってきたの」 「何か思い当たることはないのか」 「それが、わからない」
今日はミーティングの時間に遅れたことで叱られたらしい。二、三分の遅刻でも彼女は許してくれない。遅れた理由はきこうともしない。
「患者の命は一秒が勝負だって」 「なるほど」 「医者や看護婦でミーティングに遅刻してくる人はたくさんいるのよ。麻酔医のA先生なんか、手術に遅刻してくる常習犯よ。でも、叱られるのは決まって私なの」
葉子は不満そうに唇を尖らせ、頬をふくらませた。修一は葉子の子供っぽい仕草に微笑した。
「婦長さんと君は似ているんだと思うね。性格的にも几帳面で、患者にも親切だしね。近親憎悪じゃないのかな。似たもの同士だから、愛憎半ばするんじゃないのかな」 「そうかしら。なんだか、愚痴ばかりで、ごめんなさい」 「看護婦というのは大変な仕事だもの。責任も重いからね。葉子さんもたまには息抜きをして羽を伸ばさないとね。真面目過ぎてもいけない」 「たまにはこうして息抜きしたいわ」 葉子はあらたに恋人を作る暇もないという。若い医師や同僚と話しても、一方的に話を聞かされるばかりで、ストレスがたまるのだという。修一はこれからたまに喫茶店で会って、彼女の話を聞いてやってもいいと思った。
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