橋本裕の日記
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2004年01月16日(金) 初秋

19.鏡越しの会話
 島田に浴衣を着せ終えると、修一は洗面器にタオルや下着を入れて、部屋を出た。洗面所へ向かう廊下で、看護婦の葉子に出会った。
「ちょっとお話があるので、ついていきます」
 かるく会釈すると、修一から遅れて歩いてきた。様子が少し他人行儀なのは、周囲の目を気にしているのかも知れなかった。

 葉子は流し台で修一がタオルや下着を洗うのを見ていた。修一は鏡越しに葉子を見た。
「話というのはなんだい」
「さっき、さと子さんが見えていました」
「蘭の花は彼女が持ってきたのだね」
「はい……」

 さと子は島田がひいきにしていた店の女将だと言うことは、葉子に言ってある。これまでも何度か病院に来ていたが、葉子とは面識があるくらいだった。さと子は気立てはよかったが、頭が切れる方ではない。不用意な発言でもしたのだろうかろうかと思って、修一は鏡の中の葉子を見つめた。

「さと子さんから言づてを頼まれました。相談したいことがあるので、一度さとに来てほしいそうです」
「ふうん」

 二人の後ろを、患者や付添人が通っていった。その流れが途切れたところで、葉子が脇まできて、修一から洗面器を受けとった。そして早口で、

「私、今日の勤務は四時までなの。少しお時間をいただけませんか。私も少しご相談したいことがあるのです」
「島田のことで?」
「ええ……」
「分かった。近くのスミレという喫茶店で会おう」
「四時二十分頃にうかがいます」
 
 葉子が去ってから、修一は洗面台の鏡を見つめた。この一、二年で白髪が目立っていた。顔に刻まれたシワが深くなり、シミも目立っている。
(あと少しで五十だからな。年相応にふけたわけだ)
 修一は薄くなってきた髪を指先で丁寧に撫でた。


橋本裕 |MAILHomePage

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