橋本裕の日記
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大晦日夜は11時40分まで起きていたが、ついに睡魔に破れて寝てしまった。今年も除夜の鐘は聴けず。108つもあるという煩悩にまみれた一年になりそうだ。起床は5時少し前で、いつものようにHP日記を書いた。「あらたな豊かさへの旅」と題して、少し長く書いた。
大学3年生の長女は30日の夜に三重県の津から帰省した。彼女は高校生の頃から歯科助手のアルバイトをしている。大学生になっても続けており、医学部の看護科なので病院実習があったりして、とても忙しいという。風邪をこじらせてもう1カ月も咳が止まらないという。ちょっと心配である。
大学一年生の次女は馬術部なので、毎朝6時には家を出る。馬術部は馬に乗るだけではなく、その世話が大変らしい。それで一年生の部員がどんどん止めていくらしいが、次女は馬が大好きで、世話も楽しいのだという。勉強そっちのけで、馬に狂っている。落馬も3回しており、病院に行ったりしているが、少しもひるまない。
大晦日の夜は次女は厩舎に泊まりで、帰ってきたのは、午前9時頃だった。泊まり込んだのは一年生の部員6人で、女性は次女一人だけだというから、ちょっと心配だ。もっともみんなでわいわいトランプをしたりマージャンをしたりして、ほとんど寝ていないという。「今時の大学生は」と言いそうになったが、私も身に覚えがあるので言うのを止めた。
次女が帰ってきて、家族4人そろったところで、近所の神社に初詣をしてから、恒例の凧揚げに出かけた。毎年、庄内川の河原に行って、そこでユリカモメの群にパンをやり、それから凧揚げをする。今年もたくさんの鴎がやってきて、中には指先まで取りに来る勇敢なのがいた。まわりがユリカゴメで埋め尽くされたようになり、そのけたたましい鳴き声に包まれて立っていると、なかなか迫力があり壮観である。
ユリカモメの他に、ハトや鴨もいる。去年はカラスがやったきたが、今年はその姿がなかった。足許に落ちたパンを、愛犬のリリオが食べている。リリオは13歳で、心臓が弱っていてもうこの冬が越せないなどと言われていたが、年の暮れに獣医を変えて、違う薬を飲むようになってから元気を取り戻した。変な咳をすることも少なくなり、こうして今年も恒例の正月行事に参加してうれしそうに走り回っている。
たのしみは年あらたまり妻と子と 雑煮をたべて凧揚げすること
ユリカモメに与える餌は、食パンの耳が3つのビニール袋にいれてあって潤沢にあったが、やがてそれも与え尽くして、いよいよ凧揚げになった。空は晴れてほとんど雲がない。そしてちょうどいい加減な風が吹いている。晴れ渡った青空に、二つの凧が勢いよくあがった。
一日もはやく、 この地上から戦争がなくなりますように、 飢えた人々がなくなりますように・・・
帰ってきて年賀状を見る。去年から年賀状は全廃していたが、私宛に30通ぐらい来ていた。去年は返しに封筒に文章書いて届けていたが、ことしも「先生の書かれた文章を読むのがたのしみです、主人も読みたいと言っています」と書いたものもある。「全廃されたことは知っていますが、あえて出します」と書いている人もいて、こうした賀状はほんとうにうれしい。今年も去年同様、私の書いたもの(12月31日の旅の日記)を印刷して、さっそく封筒に入れて送った。
夜のニュースで、小泉首相が靖国神社に参拝したのを知った。紋付き袴の小泉首相が「日本の伝統を大切にしたい」というようなことを言っている。神社詣は私たちもしているが、「靖国神社」というところが小泉さんらしい。伝統というよりは彼の個人的な習慣ではないか。彼独特のパフォーマンスでもあるのだろう。中国や韓国の政府はさっそくこれに不快感を示している。小泉さん、世界の中の日本という認識に立って、日本丸の舵取り間違えないで下さいね。というわけで、こうしてわが家の元旦の日はつつがなく終わった。こうした平和がいつまでも続くよう祈りたい。
なお、小泉首相の靖国参拝について、友人のtenseiさんが、今日の日記にとてもいいことを書いているので紹介しておく。こんなによい文章はそうないので、是非多くの人たちに読んでもらいたい。
<なぜ「参拝するぞ」と意地を張らなきゃいけないのか。何も、そうムキになることはないのである。慰霊なんてことは心の問題で、どこにいてもできる。神社に祀られているとか言ったって、所詮は虚構である。表面上の雰囲気を作っている仮の場所に過ぎない。それよりも、海岸から海に向かい、大陸に向かって祈る方がよい。そして最後にこの日本の大地にひれ伏して祈るのがよい。犠牲者たちの霊は、まだそのあたりを恨みがましく漂っているかも知れない。少なくとも、名簿登録されているだけの場所よりは実質的である。それよりももっといいのは、戦争の恐れを払拭する日々の努力である。戦争放棄の理念を実現するために最善の努力を惜しまないことである。そもそも、国と国との過度な競争やもめ事をなくすことである。それが、犠牲者たちに報いる最高の慰霊である。形式的な慰霊にこだわって国家間のもめ事を大きくするのは愚かである。> 50歳をすぎたら、人生、遊ぶのが一番だと思っているが、どうせ遊ぶのなら、なにか人のためになること、世の中のためになることをしてあそびたい。遊びのなかから、なにか世の中の役に立つものが生まれてくればよいと思う。それが私は本当の文化であり、ほんものの伝統とだと考える。それはともかく、穏やかな晴天が続きそうなので、今日あたり、また青春切符でぶらりとどこかへ行きたくなってきた。さて、今度はどんな本を持って行こうか。
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