橋本裕の日記
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15.迷いの中で
病院の屋上で過ごす時間は一時間ほどだった。乾燥機にかけてある洗濯物はすでに乾いていたから、あとは日差しにしばらく干せばよかった。その間の暇な時間を、修一も日光浴をしながら楽しんだ。いろいろな考えが浮かび、修一は自分がこれまでにない思索家になったような気がした。
修一は昭和二十五年生まれで、あと数ヶ月もすれば五十歳になる。十八歳でS工業に就職していたから、三十年以上働いてきたことになる。時間に追われて、余裕のない毎日だった。技術畑の仕事は修一の性格に合っていたこともあり、S工業での仕事を天職だと思って疑わなかった。ある意味では幸福な人生だった。
そうした仕事から解放されて、修一はいま始めて自由を味わっていた。英語の学術論文を読むことももうほとんどなかった。今年の夏はとうとう電子工学の学会にも出席しなかった。いつもそこで顔を合わせているF工業の杉田から残暑見舞いの葉書をもらったが、そこには自分の会社にこないかと書いてあった。
S工業には恩義もあったし、愛着もあったが、技術開発担当の佐藤が常務を退職してから会社の方針がかわり、最近は消費者金融のような分野にまで投資しているらしい。どうも訳の分からない会社になっていた。島田の入院がなければ、修一はこの求めに応じていたかも知れない。病院に通うようになって、修一はいつか少し違った目で人生を考えるようになっていた。
もはや終身雇用の時代ではないし、一つの職場、一つの職業に縛られ必要はないのかも知れない。せっかくの人生だから、もっといろいろな経験をしてみてはどうだろう。NGOのような営利に関係がない組織でボランティアとして働くのもいいし、中国やタイ、あるいはフイリピンあたりで技術を教えるのもいい。
福井の田舎に帰って林業や畑仕事をするという選択もないわけではない。晴耕雨読の生活をしながら、囲碁や将棋、俳句などに楽しみを求める生き方もあるだろう。あるいは世界を放浪して歩くのも面白いかもしれない。
こうした生き方があるとは、半年前の修一には想像もできなかった。これまでの体制のなかではこういう生き方はむつかしかった。考えもしなかったのは、日本の雇用システムがそうした生き方にむいていないからだろう。現実問題として、年功序列の賃金、定年を前提にした退職金制度や、年金問題、社会保険の問題がある。
つまり終身雇用を前提にしたさまざまな制度が、こうした第二、第三の人生への転出をかなりハイリスクなものにしていた。失業して転職を余儀なくされた場合は別だが、まがりなりに定年までの雇用が可能な場合、生涯賃金が何千万、退職金や年金もふくめれば1億円以上も違ってくる。いまさらリスクのある人生に挑戦しようなどというのは、よほどの物好きか、世間知らずだと思われるだろうし、家族の同意を得ることも、そう容易なことではない。
しかし、これから先、時代はかわるかもしれない。現に多くの大企業でリストラが始まっている。滅私奉公で会社のために働いて、企業戦士などと呼ばれたこともある団塊の世代でさえ、年功序列や終身雇用、さらに年金制度までもう維持できないからといわれ、リストラの対象にされはじめた。たしかに会社としては時代に対応できなくなり、仕事が出来なくなった中高年お荷物以外の何でもない。
場合によっては露骨ないやがらせをして、会社を追い出そうとする。会社に忠誠を誓い、社畜とまで呼ばれながらも毎朝朝礼で声を張り上げて社歌を歌い、ようやく出世もして、これから定年まで少し安穏に過ごそうと思っていた時期に、掌を返したような冷酷な待遇を受けることになり、煮え湯を飲まされる思いで会社を去っていく人もでてきた。
どうしてこうしたことになったのか。右肩上がりの経済成長の終焉がその原因なのだろうが、終身雇用や年功序列というシステムにそもそも問題があったとも考えられる。たとえ経済が右肩上がりでも、こうした人間を会社という小さな世界の所有物にしてしまうシステムはやはり望ましいものではない。人間を自由な個人として扱っていないのではないか。
若い頃自分の働きに見合った収入を得て、生活にゆとりがあれば、その余剰をどうするかという自由がうまれてくる。それを自分の能力開発に投資するのもよし、株で儲けるのもよい。また将来のために貯金をするのもよい。そうした様々な道を自分の責任で選択することが大切なのかも知れない。こうしたなかから、視野の広い物の見方や自立的で個性的な生き方が可能になるのだろう。
それではこれから先、家族を養わなければならない中高年はどうしたらよいのだろう。とくに教育にかかる費用はばかにならない。家のローンがあったりしたら、それこそ悲惨である。とても能力給ではやっていけない。
日本の中高年は金がかかりすぎる。子供の教育費や住宅ローンにこんなにベラボーに金がかかる国は他にないだろう。外国の場合、義務教育は国家負担だし、大学も公立はほとんどタダだときく。親が丸抱えで、大学生の授業料や生活費を負担しているのは日本くらいだという。住宅問題も含めて、これははっきり言って、政治の貧困ではないのか。
「僕はお父さんのような生き方はできないし、したいとも思わない。朝から晩まで会社のことしか頭になくて、夢の中でさえ仕事をしているなんて、どう見ても異常だよ。そんなのアルコール中毒と変わらないじゃないか」
修一はこれまで、政治には無関心だった。しかし、最近はひまにまかせて雑誌を読んだり、こうして病院の屋上でいろいろなことを考えるようになった。そうすると、「本当に生きているという感じがしないんだ。もっと本物の生き方をしてみたいんだ。このままじゃ自分が駄目になる」という息子の言葉が、少しずつ胸に響くようになってきた。
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