橋本裕の日記
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13.いじめられる息子
結婚して、芳子は幸せそうだった。修一が仕事から帰ってくると、薄化粧をして出迎えてくれることもあった。そんなときは、二人で仲良く外食をした。そして二人は毎晩のように激しく愛し合った。
やがて泰夫が生まれた。その頃から修一の仕事が忙しくなって、家庭を顧みるゆとりがなくなった。長女がうまれ、やがて白血病で死んだが、そのかなしみにふけってる余裕はなかった。修一は仕事の面で一番充実していたときだった。芳子もボランティア活動に参加するようになって表情が明るくなった。毎朝、笑顔で修一を会社に送りだしてくれた。
泰夫は中学生の最初の頃は優等生だった。成績がいいだけではなく、妻に似て積極的な性格で、生徒会の役員になって、「学校から暴力をなくそう」といういじめ一掃キャンペーンに参加したりした。担任の先生に可愛がられていたが、二年生になってクラスが変わったころから、泰夫は次第に浮いた存在になり、やがて一部の不良性とからいじめを受けるようになったようだ。
二年生の時の担任の先生は同情するだけで具体的な手を打つわけでもなく、クラスの生徒も無関心で冷淡だった。中には便乗して、心ない悪戯を仕掛ける者もいた。体育の授業から帰ってくると椅子がなくなっていたり、机の上に卑わいな落書きがしてあったり、そんなことがしょっちゅうあったらしい。
やがて泰夫が学校を休むようになり、担任の先生が家庭訪問を繰り返すようになった。修一も仕事を早めに切り上げて、担任の先生と何度か懇談した。修一と同じ年代の、温厚そうな中年の教師だった。
「泰夫君は成績もいいですし、自分の意見もしっかりもっています。正義感のあるやさしい生徒です。しかしそれだけに、不正を見て見ぬ振りをしたり、適当に周囲に合わせることができないのです。そして一人だけ浮き上がってしまうのですね。とくに一年生の時目立ちすぎたのがいけなかったようです。ここまでこじれると、立ち直るのはむつかしいかもしれません。転校という選択肢も、泰夫君のために考えてあげて下さい」
先生のこの言葉に、芳子は反発したが、人間はそう上等な存在とは限らず、正義や理想が世間で通らないことは、修一には理解できた。これを機会にマイホームを購入して、新しい土地に引っ越してもいいと思った。修一はさっそく島田に相談して、郊外にある新興団地の一角に、建て売りの一戸建てを購入した。ちょうど年号が昭和から平成に変わった年の春で、バブルのまっさかりの頃だった。
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