橋本裕の日記
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2003年12月15日(月) 初秋

10.白昼夢

 会社や家庭では仏頂面で無口な修一が、葉子の前ではよく口が動いた。葉子も修一に気心を許しているようだ。修一が病院の屋上で洗濯物を干していたりすると、葉子が隣の少女の洗濯物を抱えてやってきた。

「看護婦の君が洗濯までするの。その子の分もひきうけようか」
「いいのよ。こうしたことが、気分転換になるの」
「いつも重症患者相手だから、たいへんだね」
「島田さんや美智子ちゃんみたいな身よりのない患者を抱えていると、あれこれ考えるのね。これから先、どうなるのかしらって。どうにもならないことまで、心配になっちゃうの。おかげで恋人にも疎まれるし、私って馬鹿みないね」

 葉子は一年前に脳神経外科に来て、その張りつめた雰囲気に、次第に精神の余裕を失い、学生時代からつき合っていた恋人とも少し前に別れたのだという。修一は葉子の身の上については、三河の山間部の温泉村の出身だという以外、ほとんど知らなかった。

 ベッドで寝ている少女についても、断片的に知っているだけだった。しかし、少女の耳垢をとったり、看護婦の葉子から少女の容態を聞くうちに、修一の脳裏に島田と並んで、その少女の存在が次第にふくらんで行った。
(自分の養女にしたらどうだろう)
 そんな考えが、ときどき修一の脳裏に浮かんだ。

 妻や息子は反対するだろう。そのときは、いっそ家を出て、どこかのアパートで少女と二人で暮らしてもよい。修一はベランダのあるアパートの一室で、終日少女の寝顔を見つめている自分を想像した。
(まるで、人生に敗れた中年男の白昼夢だな)
 修一は我に返り、ため息をつきながら、少女の枕元を離れた。そろそろ島田の汚れ物の洗濯にかかろうと思った。


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