橋本裕の日記
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2003年12月05日(金) 初秋

7.暇つぶし

 修一は島田のベッドの端に腰をおろしたまま、窓から差し込む日差しに目を細めた。日差しは傾いて床に落ちていた。そしてベッドから垂れたシーツの裾を温めていた。病室に来て、もう三十分ほど過ぎているだろうか。

 島田が戻るのを待ちながら、修一はふと、自分が待っているのは、看護婦の山口葉子ではないのだろうかと思った。病院に通うのも、島田に対する友情ばかりではなく、どこかに葉子に対する感情がないとは言い切れなかった。修一はつい先日病室で交わされた葉子との会話を思い出した。

「僕が島田の面倒を見るのは、彼に同情してではないのだよ」
「友情からではないのですか」
「最初はそれもあったが、今は違うな」
「もっと他に、違う動機でも?」
「あえて言えば、暇つぶしだろうね」

 葉子は島田をリハビリに送り出した後、少女のベッドにかがみ込んで、耳垢をとってやっていた。そうやって少女の感覚をいろいろと刺激することも必要なことかもしれなかった。葉子はその手を止めて修一を見た。

「ずいぶんと変わったひまつぶしですね。奥さんと旅行に行ったり、ゴルフとか競馬とかはなさらないのですか」
「今にも会社が首になりそうで、そんな余裕はないね。家のローンだって始まったばかしだしね。正直に言うと、島田の世話をしながら、僕はこうして暇つぶしができることを、島田に感謝しているのだよ」

 葉子はちょっと首をかしげると、また、綿棒で少女の耳の掃除を始めた。白衣の下に、すがすがしい若い体の線がやわらかく現れていた。葉子の横顔がいつになく美しいように思われた。葉子は修一の言葉を考えていたらしく、

「島田さんはきっと、喜んでいると思います」
「島田にはありがた迷惑かもしれないね。君のような若くてきれいな看護婦に世話をしてもらいたいに違いないからね。君に介抱してもらえるのだったら……」
「もうこんな時間」

 葉子が修一を遮るよう立ち上がると、腕時計を覗き込んだ。廊下に人の気配があった。そろそろ看護婦のミーティングが始まるのかも知れなかった。
「お話の続きは、こんどゆっくり」
「うん」
「もう片方の耳のお掃除、ひまつぶしにお願いできます?」
 修一は葉子から綿棒を渡されて、少し戸惑った。


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