橋本裕の日記
DiaryINDEX|past|will
6.病院にて(3)
少女の枕もとの花瓶に花を生け終わると、修一は島田のベッドに腰を下ろし、彼の帰りを待つことにした。病室は相変わらず静まりかえっていた。外から聞こえてくる物音が、幼い頃に遊んだ浜辺にうち寄せるさざなみのように、修一を心地よいまどろみへと誘った。修一はぼんやりした意識の中で、とりとめもないことを考えていた
少女の両親は数年前に離婚し、彼女は母親に引き取られたが、父親が納得せず、養育権を巡って裁判で争っていたという。裁判で破れた父親は学校帰りの彼女を待ち伏せ、ドライブに誘ったらしい。
少女が事故にあったのはそのときだった。原因は父親の運転する車のスピードの出しすぎで、運転席の父親は即死だった。事故というより、覚悟の無理心中だったのかも知れない。
少女の母親はその後精神に異常を来して、精神病院で暮らしているらしい。他に身内と言えば、母方の祖父だけのようだった。その祖父から、修一は少女の身の上をあらかた聞いたのだった。
「死んだこれの父親はアル中だったが、母親も今は気違い病院だ。この先、この子の将来にはなにもいいことはない。このまま安楽死させてやりたい。そしてわしも、この子と一緒におさらばしたい」
そんなことを言うので、修一は不安になって看護婦にこのことを話し、その老人の挙措に注意を払ってもらっていた。痛風の老人は歩くのがやっとだったが、そのうちに病院にも姿を見せなくなった。看護婦の話だと、もう一ヶ月以上も来ていないらしい。痛風が悪化して歩けないのかも知れない。
この病室で島田や少女を担当しているのは、山口葉子という若い看護婦だった。修一は葉子に島田の身の上を聞かせてやった。葉子は日曜日ごとに病室を訪れ、かいがいしく島田の世話をする修一に感心していた。そして仕事の合間に暇を見つけて、病室にやってきて、修一に話しかけることが多くなった。
|