橋本裕の日記
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3.病院まで(3)
修一はたいてい日曜日に病院を訪れていた。たまった洗濯物を洗い、島田の身体も拭いてやる。それから爪を切ったり、食事や用便の世話も引き受けた。何もそこまでしなくてもと思うが、これが修一にとって気分転換になった。
以前は休日でも仕事を作って会社に出かけていた。しかし、この春の人事異動で、修一はこれまで勤めていた技術開発部門から、製品管理部に配置転換になった。課長待遇といっても直接の部下は二人しかおらず、そのうちの一人はパートタイマーの主婦だった。そして仕事と言えば、倉庫管理や点検くらいしかなかった。
これまでの忙しさとはうって変わった閑職なので、会社に休日出かけていく理由もなくなったが、家に妻や息子といると何か息苦しかった。数年前に買ったマイホームも、自分の家だという愛着がもてなかった。新しい建材で出来た家の中にいると、病気になりそうな気がして、気が鬱屈した。だから家を出て、病院に向かうと気分がほぐれてくる。
(ボランティアだと思えばよい。相手は別に島田でなくてもいいのだ。気の滅入りそうな家から脱出できるだけでもありがたい)
最初はそう思っていたが、全身不随だった島田もリハビリで少しずつ腕が動くようになっていた。看護婦の話だと、口も利けるようになったというが、修一はまだ島田が片言の言葉も話すのを聞いたことがない。それでも、修一の顔は覚えたらしく、介抱されながらかすかにうなづいて、微笑みを浮かべることがあった。そうした島田の変化を眺めることも、修一の楽しみになった。
島田とは長いつきあいなのに、生まれた土地がどこか聞いたことがなかった。父親の仕事の関係で、幼い頃から全国を転々としていたというから、彼には故郷と呼べるものがないのかもしれない。 「おれは天涯孤独なんだ」 身の上話をしない彼が、酒を飲んでいて、そんな言葉を漏らしたことがある。その言葉の通り、瀕死の重傷を負った彼のもとを訪れる人は少なかった。
血を分けた身内の存在が一人も見当たらないのは、少し淋しかった。しかし、淋しいのは修一も同じだった。妻や息子の顔を見ているより、記憶喪失の島田の顔を見ている方が落ち着いた。この半年間で、島田の境遇も変わったが、修一の心境も大きく変わった。
修一はベンチに寝そべったまま、芝生の緑や空の青、雲の白さを見つめた。こうした公園の木陰のベンチで風に吹かれていると、自分が二、三十年も若返ったような新鮮な気がした。ふと、島田にもこの明るい公園の初秋の空を眺めさせてやりたいと思った。
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