橋本裕の日記
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2003年11月17日(月) 初秋

2.病院まで(2)

 島田と最後に飲みに行った「さと」という店は、さと子という女将が経営していた。さと子も島田と関係の深い女の一人である。その店で飲んだ数日後、島田は車を運転していて、事故にあったのだった。事故の連絡は、島田の会社の事務員から入った。

 病院に駆けつけたとき、島田は脳の大手術を終えたばかりで、生死の境を彷徨っていた。病院の喫茶室で修一は島田の従業員の一人から、借金取りに追われていた彼の日常を聞かされた。修一は島田の交通事故はそうした疲労の蓄積によって起こったのだろうと思った。あるいは保険金目当ての自殺未遂かも知れなかった。

 島田が入院してしばらくして、彼の会社は不渡りを出して倒産した。何億という負債が残ったらしいが、さすが借金取りも病院まではやってこなかった。彼はいまだに記憶が戻らないまま、毎日を半睡半覚の状態で過ごしていた。しかしそうして現実の世界から逃避して、夢とうつつの世界にまどろんでいられる島田は幸せだとも言える。

 島田の会社が倒産したと知って、彼の友人はほとんど彼から背を向けた。彼の愛人だった女性もやがて姿を消した。そうなると独身の島田には誰も身の回りの世話をしてくれる者がいなくなった。修一はしかたなく妻の芳子にしばらく病院に通ってくれるように頼んだのだった。

 たまたま芳子がパートタイマーの賄い婦として勤めている会社が近くだったので都合が良かった。それに、芳子も大学の夜間部の同級生だったから、島田をよく知っていた。しかし、芳子はいい顔をしなかった。そのことで、修一と妻の間にすきま風が吹いた。

「島田は俺の親友なんだ。それにおまえだって大学時代にはよく一緒に飲みに行ったじゃないか。彼がいなかったら、俺とおまえが一緒になることもなかったかもしれないんだぜ」
「それは昔の話でしょう。最近はたいしたつき合いもしていなかったじゃないの」
「毎日病院に行ってくれとはいわないさ。職場の帰りにたまに顔を出してくれるだけでもいいんだ。夕食が少しくらい遅くなったっていいさ」

「あなたはいいかも知れないけど、泰夫が困るでしょう」
「泰夫は待たしておけばいい。家で一日ぶらぶらしているだけなんだから」
「そんなわけには行きませんよ」
「おまえはやたらと泰夫の肩を持つね。大学を卒業して就職もしないやつにそんな気兼ねをしていてどうするんだ」
「泰夫はあの子なりにいろいろと考えているのですよ。あなたこそ何も知らないくせに、そんな口の利き方をしないでください」

 こんな押し問答のあげく、結局修一が折れたのだった。妻は修一と一緒に二、三度顔を出しただけで、一人では島田の病院に足を運んではいないようだった。
(薄情な女だな)
 修一は心の中でそう思いながら、口に出すことはなかった。


橋本裕 |MAILHomePage

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