橋本裕の日記
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2003年11月16日(日) 生きること、死ぬこと

 山田詠美は「死」について、随分敏感な作家のようだ。「ぼくは勉強ができない」のなかにも、いくつかの死が描かれている。たとえば、秀美が小学生の頃思い出の一つとして、机の上に死んだ雀を置いて眺めていたエピソードが語られている。

 帰りに埋めるので、このまま机の上に死んだ雀を置いたまま授業を受けたいという秀美に、先生は、「皆の迷惑は考えないのか」といい、多数決をとる。秀美は結局「気持ちが悪い」という多数の子どもの声に促されて、雀を捨てに行くことになる。秀美は教室を出ると、池の側の芝生の上に雀を置いたまま、しばらくぼんやりとしていた。

<彼は、死というものに、心魅かれてしまったのだった。生き物が、ただの物体と化して道路に置き去りにされるという事実が不思議でたまらなくなったのだった。家族がいないたったひとりの人って、死んだらどうなるのかなあ、と彼は考えた。やはり、置き去りにされるのだろうか。土に還ると先生は言ったけれど、道端で死ぬ人は、そんなに多くはないだろう。誰が面倒を見るのだろうか。彼は、雀の羽を撫でた。雀も死ぬ時には、目を閉じているのが、少し悲しかった>

 秀美は先生の「民主主義」や「多数決」という言葉に馴染めない。「動物を大切にするのは、とても良いことだ」というありきたりの言葉にも反発し、うんざりしたような顔をする。学校で教えられる勉強はなにやら胡散臭く、もっと大切な本当の勉強がしたいのに、教師はそれを教えてくれようとはしない。そんな苛立ちと疎外感が、幼いころの秀美のなかにすでに染みついていた。

 高校生の秀美は、同級生の友人の自殺という出来事を体験する。片山というその少年は、「時差ぼけ」に悩んでいたという。それはどういうことかというと、人間は本来、25時間を一日の周期として生きる動物だが、これを24時間に合わせて生活している。つまり、毎日1時間ずつ、時差が生じるわけだ。

<普通の人間は、食事や仕事や遊びなど、つじつまを合わせて行くのだそうだ。しかし、中には、それが、どうしても出来ない人間達がいる。そういう人たちが、体をだませずに不眠症になったり、日常に支障をきたしたりするのだそうだ>

<もし、本当に、彼が時差の調節が出来ない一生を送ったのだとしたら、それは、どのようだったのだろう。たった一時間、他人の持たない時間を過ごさなくてはならないのは、どういう気持がするのだろう。自分だけに与えられた空白の時。もしかしたら、それは、とてつもない孤独との戦いなのではないだろうか>

 死んだ片山は、生前秀美に「ぼくはね、人よりも、考える時間が多いようなんだよ」と言ったことがある。秀美が「何を考えるの」と訊くと、「考えるとは、どういうことかってのを考えるんだよ」と答えた。そんな片山のことを考えているうちに、風邪が悪化し、秀美は丸二日間寝込んで、葬式にも出られなくなる。

 風邪が治って、学校へ行くとき、秀美は電車を乗り違える。いつもと違う風景。そしてその景色が次第にのどかさをましていく。秀美はあたたかくて居心地の良いその電車の席に体をまるめて、死んだ片山のことを考える。

<考えることを考える、と片山は言った。彼は、やりきれなかったのかもしれない。けれども、そのことを彼にさせていたのは、彼自身だ。 ・・・・そよ風が、もし、彼の皮膚を心地よく撫で、そして、それを受け入れることが出来ていたなら、彼の考えは、あるいは、違った方向へと進み、彼の足は、地面に向けて飛ぶような別の動きを選んだかも知れない。片山は僕たちを笑わせることだって出来たのだ。彼の唇は、そういう言葉を紡ぐことだって出来ていたのだ。もったいないじゃないか。春の空気は、こんなに気持ちよく、そして、その春は、毎年、裏切らずに巡ってくるというのに>

「おにいさん、大丈夫かね」
(眠っていた筈のおばあちゃんが、いつのまにか心配そうに、ぼくを覗き込んでいた)
「これで、涙、拭いたらいいよ」
「はい、すいません」
「何があったか知らんがね、元気出しなさいよ」

 秀美は昼頃、遅刻して学校にやってくる。そして友人の田嶋から、昨日、片山の葬式が盛大に行われたことを知る。

「女子は盛大に泣いていたなあ。でもさ、あれは、片山の死を悲しんでるからじゃなかったな。泣くことで、自分たちの信頼深めているって感じ。酔っていたぜ。号泣していた奴もいたもん。くだんねよなあ、片山となんて話もしなかったくせに」

 田嶋の言葉に、秀美は「仕方ないよ。時差ぼけ知らずなんだから」と答える。片山が時差ぼけで悩んでいたことを知っているのは、田嶋と秀美しかいない。話してみたところで、世の中にそんな奇妙な悩みがあり、そんなことで人が死んだりするのだということを、ほとんどの人は理解しないだろう。人が死ぬと言うことは、そんなにも微妙で、やるせないものなのかもしれない。


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