橋本裕の日記
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| 2003年11月11日(火) |
ぼくは勉強ができない |
十年ほど前に人に奨められて、山田詠美の「ぼくは勉強ができない」を読んだ。最初から引き込まれ、面白さに心臓の鼓動が早くなったり、思わず苦笑したり、最後はしみじみとした感動のもとに読了した。
主人公の時田秀美は勉強の得意でない高校三年生だ。サッカー部に入っているものの、運動に熱中しているというわけではない。ホステスをしている年上の女性と交際していて、避妊具をあやまって学校の廊下で落としてしまったりする。どうみても、あまりかんばしくない落ちこぼれ気味の高校生である。
「時田、おまえのお母さんは、女手ひとつで、おまえをここまで育て上げたんだ。苦労もさぞかしあっただろう。それに応えるのが、息子の義務じゃないのか。おまえが、真面目な学校生活を送っていないと知ったら、悲しむのに決まっている。どうだ、ここで、心を入れ替えてみないか」 「苦労なんてなかったと思います。あの人が、ぼくの父親と別れたのは、ぼくの知ったことじゃない」
教師から見たら、なんともかわいげのない生徒である。しかし、小説を読んでいるうちに、時田秀美がだんだん好きになってくる。それは時田秀美が弱い立場の人間や生き物に、いつもやさしい視線を向けているからだ。それは彼自身がある意味で普通とは違った境遇に身を置き、「人生の勉強」をよけいにしてきたからだろう。
<ぼくは、小さい頃から、ぼくの体を蝕もうとして執拗だった不快な言葉の群を不意に思い出した。片親だからねえ。母親がああだものね。家が貧しいものねえ。まるで、うるさい蠅のような言葉たち。ぼくは、蠅を飼うような人生をおくりたくない。だって、ぼくは、決してつまらない人間ではない>
山田詠美はあとがきで、「私はこの本で、決して進歩しない、そして、進歩しなくても良い領域を書きたかったのだと思う。大人になるとは、進歩することよりも、むしろ進歩させるべきでない領域を知ることだ」と書いている。そして、「私は、むしろ、この本を大人の方に読んでいただきたいと思う」とも書いている。教師や保護者にとっても心の糧となる一冊であることまちがいない。
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