橋本裕の日記
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| 2003年11月08日(土) |
人間とはポリス的動物である |
プラトンは民主主義を嫌い、これを衆愚政治と呼んでいる。彼は政治は一握りの哲学者によって行うべきだと考えた。これに対して、弟子のアリストテレスは王制や貴族制、寡頭制を排して、あるべき政治体制は市民すべてが政治に参加できる民主制でなければならないと主張している。
アリストテレスは市民であることの資格を、血筋や富の所有ではなく、「審議と裁判に参与しうる能力の所有」においている。そしてすべての人間が基本的に理性を持っているかぎり、だれしも政治を行う能力も権利も持っていると考えたわけだ。
アリストテレスは「人間とはポリス的動物である」という。その意味は、人間はポリス(共同体)のなかで生まれ育ち、ポリスの中ではじめてて「人間」としての生をまっとうできるということだ。犬や猫は生まれながらにして犬や猫だが、人間はそうではない。人間はポリスによって作られる。そしてそのポリスを作るのもまた人間である。
すべての存在物はそれぞれ特性を持っている。鋏には鋏の「ものを切る」という能力があり、ラクダには「重い荷物を背負って砂漠を移動できるという特性」がある。アリストテレスはそれぞれの特性を発揮することが、そなわちそれぞれの存在にとっての「善」であると考えた。それでは、人間の特性は何か。それは人間が魂(プシューケー)を持つということである。したがって、人間は「魂にその優秀性を発揮させる生き方」をしなければならない。このとき人間は最高に幸福を感じることができる。そしてこの本来の幸福の実現こそ、人間にとって最高の「善」であると考えた。
アリストテレスはプラトンから多くのものを学んだ。そのなかでも重要なのは、「人間は魂においてよりよい生き方をしなければならない」ということだった。しかし、プラトンがその結果、極端な国家主義に傾いたのに対して、アリストテレスはあくまでも「人間」にこだわり、「人間」という個々の実体から出発している。同時に、人間を「ポリス的動物」であるという共同体重視の姿勢も失っていないところに、彼のすぐれて現実的で実際的な資質があらわれている。彼が尊んだのはこうした両極端にかたよらない「中庸」ということであった。
(参考文献) 「ヨーロッパ思想入門」(岩田康夫著、岩波ジュニア新書441)
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