橋本裕の日記
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2003年11月07日(金) こうもりの空

27.隔離病棟

 病室の二つのベッドで、私と祖母は最初の夜を迎えた。熱も引いて、喉が痛いことを除けば、これという症状もなく、命に関わる重病患者という感じではなかった。むしろ六十歳を越えた祖母の方が病人に見えた。

 実際往診に来た医者が間違って祖母の脈を取ったことがあった。看護婦に注意されて、医者は苦笑いをしていた。
(おばあちゃん、気をつけて下さいよ。この病棟には恐ろしいばい菌がうようよしていますからね)

 隔離病棟だけあって、往診に来る医者も看護婦もマスクを外さない。しょっちゅう消毒液で手を洗っていた。消毒液は病室ごとに置かれていて、私たちもトイレの行き帰りや、食事の前などにはそこで手を洗った。そのために病棟中に消毒液のにおいが立ちこめていた。

 私はしばしば廊下を行く人々の足音で目を覚した。私の眠りが浅かったこともあるだろうが、それ以上に廊下を行く医者や看護婦の気配が私を過敏にしていた。遠くの病室からは男のうめき声や少女の泣き声が聞こえてきた。私より先に入院した日本脳炎の少年もどこかの病室で高熱にうなされて死と戦っているのだろう。目が覚めると色々なことを考え、頭がさえて眠れなくなった。

 真夜中にトイレに行くときは、祖母を起こしてついてきて貰った。寒々とした照明に照らされた病棟の廊下を祖母と並んで歩く。トイレの下駄のひんやりとした感触が、まるで死そのものに触れたような気味の悪さで私を脅かした。そして、トイレで一人用を足しているときの心細いことと言ったらなかった。

 何十年たっても、病棟の廊下とトイレが夢に出てくる。床は水浸しで、私は濡れた下駄を履きながら便器にまで辿り着く。しかしどの便器もひどく不潔でばい菌がうようよしていそうだ。私は用を足すことを諦めてトイレを出ようとするのだが、下駄が鉛のように重くて思うように足が動かない。見ると汚物が今にも便器から溢れそうになっている。進退極まった私は助けを求めようと声を出す。そこでようやく夢から覚めてほっとする。


橋本裕 |MAILHomePage

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