橋本裕の日記
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2003年11月03日(月) こうもりの空

26.ジフテリア

 病気になって、私はほっとした。これで私は誰に気兼ねすることもなく学校が休める。勿論、惨めな屋根裏生活ともおさらばだった。
(天の助けかもしれない)
 私は寝床にもぐりこみながら、両手を合わせたい気分になった。

 とは言っても、三十八度を越える高熱のせいで天井がぐるぐる回り、頻りにいやな悪寒がする。喉が焼けるように痛んだ。近所のS医院に行くと、扁桃腺炎だという見立てだった。

 医者の指示に従ってその夜は頓服を飲んで寝たが、翌朝起きてみると余計に症状が悪化している。体温計で測ると三十九度を越えていた。私は幼い頃から扁桃腺が弱くて、しょっちゅう熱を出していたが、今回のものは桁外れに重症のようだ。

 明くる日には母を伴って医者に行った。診察を終えた後、昨日とは打って変わったように医者の表情が険しくなっている。
「ジフテリアかもしれない。紹介状を書くのですぐに県立病院へ行って下さい」
ジフテリアと聞いて、母は驚いた。私もそれが法定伝染病の一つに数えられる恐ろしい病気であることを知って怖くなった。私と母はタクシーで県立病院に駆けつけた。

 紹介状の威力ですぐに特別の診察室に通された。診察を終えたばかりの中学生くらいの少年が診察台から起き上がって服を着ていた。色の浅黒いスポーツマンタイプの少年だったが、日本脳炎の疑いでやってきたようだ。医者との会話から、診察の結果は思わしくなく、彼がいまから隔離病棟に入院するらしいことを知った。

 日本脳炎になったら死ぬか白痴になるかのどちらかだと信じていた私は、怖いもの見たさに診察室の隅から彼を眺めていた。しかし、続いて診察台に上がった私もジフテリアと正式に診断された。そして彼と同様に即刻入院になった。

 夕方、父が祖母を連れてやって来た。母は家を空けられないので、祖母が私に付き添って一緒に寝起きすることになった。


橋本裕 |MAILHomePage

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