橋本裕の日記
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愛知県に住み始めて30年近くになる。棲めば都というが、夏の暑いのには少し閉口している。それでも冬に雪が少ないのはありがたい。もっとも、最近は私の故郷・福井でも雪はめっきりすくなくなったようだ。
ところで、気に入っているのは「愛知」という県名である。何となく哲学的でいいではないか。愛知県に棲んでいると哲学的な高尚な生き方ができるかもしれない。こんな立派な県名を持っている県は他にないのではないか。
愛知県には、「知立」、「知多」、などと「知」のつく地名が多い。近くは「明智」や「那智」という地名もある。こうした土地の名前の由来は何か、とても興味がある。いずれ調べてみて、この日記で紹介したいと思っているが、とりあえず今日は「愛知」について、分かったことを書いておこう。
<古く、万葉集巻三にある高市黒人の「桜田へ、鶴(たず)鳴きわたる年魚市潟(あゆちがた)、潮干にけらし、鶴(たず)鳴き渡る」という歌に詠まれている『年魚市潟(あゆちがた)』に由来するといわれ、後年、「あゆち」が「あいち」に転じ愛智郡という郡名になりました。 明治に入り廃藩置県後、県庁が愛知郡の名古屋城内に置かれたところから県名に採用され、正式に今日の「愛知県」となりました。また、「あゆち」とは「泉の湧き出る地」という説もあります>
これは「愛知、名前の由来」というキーワード検索で見つけたHPからの引用である。愛知県のHPにも同様の記述があった。「愛知」と表記される前は「愛智」と書かれていたようだ。尾張国の郡名として「愛智郡」は奈良時代からあり、愛智と書かれる前は「鮎市(あゆち)」「吾湯市(あゆち)」「年魚市(あゆち)」「阿伊知」だったらしい。なお、名古屋市瑞穂区師長町瑞穂グランド東の松林の小高い丘の一角に「あゆち水」の万葉歌碑があるそうだ。
小治田(おはりだ)の年魚道(あゆち)の水を間(ひま)なくぞ人は汲むとふ時じくぞ人は飲むとふ汲む人の間なきがごと飲む人の時じきがごと吾妹子(わきもこ)にわが恋ふらくはやむ時もなし <万葉集 巻十三 3260 相聞>
(小治田の年魚道の水を絶え間なく人は汲むという時ならず人は飲むという。汲む人の絶え間のないように、飲む人の時ならぬように、彼女に対して私の恋こがれるのはやむ時もない)
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