橋本裕の日記
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2003年10月21日(火) 海洋国家・日本の生きる道

古来より国には海洋型と内陸型の二種類がある。たとえば、ギリシャが海洋型なら、ペルシャは内陸型だといえる。ロシアやドイツや中国が内陸型なら、イギリスやオランダ、台湾は海洋型だと言えよう。

一般に内陸型の国家は民族的・閉鎖的で、領土や土地に対する執着が強く、侵略的で専制的になりやすい。これは大陸内部で熾烈な生存競争を戦い抜いてきた歴史による。これに対して、海洋型は土地所有よりも通商を生存の基盤にもつので、自由な個人による相互依存性を重視し、合理的で民主的な思想や体制を志向することになる。

 もちろんこれはあくまでも相対的な色分けで、普通はこの両面を持っている。ひとつの国をとっても、その国の歴史の中で、海洋性の部分が強く出ている時代と、内陸性が強く出ている時代がある。日本の場合もこの両面があって、いちがいにどちらのタイプだとは言えない。また、海洋型だからと言って、平和的・民主的だと断定することはできないだろう。

 しかし、その国の置かれた地理的条件からして、おのずから海洋型か内陸型か性格があらわれてくる。日本の場合は、周囲を海で囲まれていて、この自然的条件を生かそうと思えば、海洋型の国家をめざすほうが有利だと言えよう。

 日本は海洋型国家として生きていく有利な条件に恵まれている。周囲を海に囲まれていることは単に通商上便利なだけではない。これによって200海里経済水域の広さは451万平方キロメートルに及び、これは世界6位である。しかもこの海は変化に富み、漁場としてもまだまだ開発が可能だし、資源とエネルギーの宝庫でもある。たとえば天然ガスの埋蔵量は100年分もあり、マンガンやコバルトなどの貴重な鉱物資源も豊富に存在している。ある意味で日本は潜在的な資源・エネルギー大国なのである。
 
 江戸時代は鎖国政策によりある意味で内陸型国家を志向した時代だと言えるが、しかしこの時代であっても国内的には海上交易は活発に行われており、海洋型の側面を持っていた。とくに西日本の各藩は活発に通商し、産業的基盤を築いて、実力をつけていった。薩摩・長州を代表とする西国大名の海洋国家としてのパワーが、内陸的であった東国の大名連合を圧倒するなかで明治維新という開明的な革命が起こったといえよう。

 その後、日本は中国に侵略し、満州国をつくるなど、内陸型国家としての性格を強めていった。そして敗戦により、平和憲法のもと、ふたたび海洋的な通商国家として甦った。今後も日本は海洋型国家として、生きて行くべきだろう。そうすれば、その未来はそれこそ前途洋々と言ってもよい。


橋本裕 |MAILHomePage

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