橋本裕の日記
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22.屋根裏
ひとまず屋根裏という避難所を得て、私はほっとした。母も先生も私が屋根裏に潜んでいるとは考えないだろう。ここにいる限りは安全だった。梁の上に腰を下ろして、しばらくその自由な気分を味わった。
節穴から覗いた外の世界は、異様に明るく感じられた。町のたたずまいも、山や空の印象も違っていた。私にはその明るい世界が、自分に近づいてきたようにも、またよそよそしく離れていったようにも思えた。いずれにせよ、私はこれまでとまるで違った世界に投げ込まれた自分を発見して興奮していた。
私は目を閉じると、しばらくは空想に身をゆだねた。この地球は何かの理由で滅亡しょうとしている。しかし誰もそのことに気づかない。私は宇宙船でただ一人この地球を脱出するのだ。 (さようなら、みんな……)
私は母や父や祖母、弟のことを思い浮かべた。それから、葉子や茂夫や、田舎の祖父のこと等を思い浮かべた。そうすると、急に悲しくなってきて、涙が頬を伝って落ちた。何だか本当にこのまま自分だけがこの地上から去っていくような淋しい心持ちがしたのだった。
屋根裏は埃っぽく、ひんやりとしている。私は肌寒さで身をちぢめていた。布団を抜け出して、パジャマのまま天井裏に上がってから、もう二時間ほどすぎている。そろそろ生理的欲求も兆し始めていたので、様子を見るために降りることにした。
二階の部屋には人気がなかった。私は梯子段を降りて、玄関先に先生の靴がないのを確かめて、さらに柱の陰から居間の方を窺った。ガラス戸越しに、母と祖母が肩を落として座っているのが見えた。トイレを使うには二人のいる居間を抜けていかねばならない。
私はやむなく足音を忍ばせて二階に戻った。そして着替えると、ズックをはいて窓から屋根を伝って裏庭に降りた。裏庭の物陰で、私は生理的要求を果たした。足元にできた黄色い水たまりで、蟻が一匹溺れていた。
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