橋本裕の日記
DiaryINDEX|past|will
<吾十有五にして学に志し(志学)、三十にして立ち(而立)、四十にして惑わず(不惑)、五十にして天命を知る(知命)。六十にして耳したがい(耳順)、七十にして心の欲する所に従いて矩をこえず(従心)>
言うまでもなく、「論語」のなかの孔子の言葉である。15歳で学に志し、30歳で社会人として自立して一人前になるというのは、現代人の私たちの人生を考えてもそのままあてはまりそうだ。私自身の場合も高校に入学して学問らしいものに目覚めたのが15歳の頃で、教員になったのは28歳の時だから、およそあてはまる。
問題はこのあとである。三十で自立して、四十ともなれば仕事にも脂がのり、社会人として押し出しや貫禄もついてくる。四十にして迷わずとはよく言ったものだが、しかしこれは表向きで、四十にして私たちは内心様々な迷いを生じるのではないだろうか。
社会人になってひたむきに走ってきた自分を振り返り、このままでいいのか、もっと別の生き方があるのではかなどと、立ち止まって人生を考える。社会に適応するだけではなしに、そうした社会のあり方そのものを疑ったり、自分の生き方や価値観を再点検する必要に迫られる。四十歳の頃、そうした転機が訪れて、いろいろと迷うようなことが起こってくる。いわゆる「中年クライシス」という現象である。
だから、私は「四十にして迷わず」ではなくて、「四十にして迷う」と言うべきだと考えている。じつはこの時期、自分の人生について真剣に考え、徹底的に迷うことが、人間として成長し、あらたな自分を発見し、自己実現するために必要なことなのである。人生を「起承転結」にたとえれば、四十は私たちの魂の目覚めにとって重要な時期だと言える。まさに人生の転機であり、岐路なのだ。
そしてこの「人生の迷いの時期」があって、五十にして天命を知るという、より高い人生への飛翔が可能になる。孔子のいうように四十にして迷わない人生では、まず「天命を知る」という人生の大事は起こりようがない。「天命」とは自分が本当にやりたいこと、自分を本当に活かす道のことであろう。そうした道を知ることが、すなわち「天命を知る」ということだ。それは打算と我欲の生存競争の世界のあり方を自分の中で否定し、もう一段上の精神世界への旅立ちを意味する。
天命を知り、その天命に従って生きる道は必ずしも平坦ではない。知ることと、実践することは別のことだからだ。しかし、その苦難の道を進むことで、人生はしだいにその人にとって独自なものとなり、本当に生きるに値するものになる。そして魂の奥深くから泉のように喜びが溢れてくる。そこに生きることの充実した無心な楽しさが伴ってくる。
六十にして耳従うとは、こうした無心の境地へ一歩近づくことであり、その完成された姿が、「心の欲する所に従いて矩をこえず」ということだろう。ここにおいて、私たちは道を行いながら、道を楽しむという、真に自由な理想の境地を手に入れることができる。こうした人生をほとんど理想的に歩いたのが、良寛だろう。彼の74年間の生涯を思うとき、私は何だかとても厳粛で、それでいて底抜けにほがらかで自由な気分になる。
|