橋本裕の日記
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2003年09月21日(日) 一隅を照らす

 昨日は「犬山総合大学」で、北さんと一緒に、政治評論家の森田実さんの講演を聴いた。おりしも自民党の総裁選のまっただ中で、タイムリーな講演会である。総裁選の舞台裏なども聴けて、たいへん面白かった。

 森田さんは10年ほど前から、格言を引用して、今日の政治のあり方を批判するというスタイルをはじめた。とくに孔子や老子の言葉の引用が多いようだ。日本は戦争に負けて、アメリカの占領政策により「論語」などを封建的だとして排斥した。その背景には、「義を見て為さざるは、勇なきなり」と言った論語の言葉が、軍国主義のスローガンとして利用され、高唱されたという事情があった。

 たしかに論語には、封建的な要素もあるが、「人生いかにいきるべきか」という問いに対するひとつの精錬された解答を与えてくれる。これを学ぶことによって、戦前までの日本人は精神的なバックボーンをつくってきた。ところが現代の日本人は「論語」を失うことで、こうした気骨までも失ってしまった。

 森田さんは大工の棟梁の息子だが、小さいときから「一隅を照らす」という最澄の言葉をよく聞かされたという。名もない庶民の一人一人が、こうした格言を口に唱え、人生の羅針盤にして、それを子供の代へと受け継がせてきた。こうした伝承文化の中で、日本人の高いモラルが保たれてきたが、今アメリカから押し寄せてきたグローバリゼーションの波の中でそうした固有な文化が失われ、モラルも次第に崩壊しようとしている。

 戦前は家庭や学校が教育の場だった。戦後の日本は核家族化し、家庭から教育の機能が大幅に失われた。さらに、学校も受験戦争の予備校化し、もはや精神教育の場ではなくなった。これに変わって、教育機能を担ってきたのは、企業だった。日本的な経営のもと、勤労を通して、若い労働者は先輩達にしごかれ、一人前の人間として成長することができた。

 しかし、今企業は経済的利益を優先させ、リストラとしょうして平気で社員の首を切るようになった。企業は若年労働者を雇わなくなり、またこれを手塩にかけて教育しようという情熱や伝統を失いつつある。こうして日本人は教育から見放されている。大量の若年労働者はろくな人生修養もうけることもなく、その多くはフリーターとして根無し草のような人生を余儀なくされるだろう。

 アメリカのようにキリスト教という良心の歯止めを持たない日本社会は、こうしたことが続けば、おそるべき無規範社会、アメリカを上回る犯罪社会にならざるをえない。国家というものは国民に安全を保障するものでなければならない。国家がこの機能を失うことは、つまり国が滅びることにも等しい。森田さんはこの点が一番心配だという。

 論語のなかで、孔子が大切にしたのは「忠恕」だという。これは「真心からの思いやり」ということだ。日本の昔の政治家は多少はこの心を持っていた。田中角栄は越後の貧乏百姓のことを知っていたし、竹下にしろ大平にせよ、地方の貧乏な庶民の暮らしを実際に体験し、そこから政治を発想していた。しかし、今の都会育ちの二世議員や政治家にはそうした庶民の生活は分からない。

 政治家ばかりではなく、官僚も民衆から遊離した生活をしている。局長以上のエリート官僚は、ほぼ全員がハーバードなどアメリカの大学に留学した経験者だという。彼らはアメリカに留学して、アメリカのエリートや上流階級の豊かな生活に目を奪われる。そして人生の勝ち組である自分たちも、どうように酬われるべきだという「弱肉強食」の考え方に容易に洗脳される。

 日本の官僚は小学生の頃から塾に通い、受験戦争の勝者になり、やがて上級公務員試験に合格し、キャリア官僚として仕事を始めるわけだ。そうした彼らには彼ら以外の庶民は所詮「負け組」にうつるのではないだろうか。孔子が大切だと考えた「忠恕」の心があるはずもない。なぜなら彼らはそうした環境に育たず、教育も受けてこなかったからだ。

 日本はこうした政治家や官僚によって動かされている。彼らが弱肉強食のアメリカ社会にあこがれるのはもっともである。経済的成功をドリームと称し、年俸の高さで人間の価値を判断する考え方は、いかにもアメリカ的でシンプルだが、そこに人間を幸せにする文化の匂いはない。森田さんは、日本の官僚はアメリカ一辺倒で、ヨーロッパの大学に留学したのでは局長以上の地位につくことはできなくなっているという。

 大切なのは、アメリカに追随することだろうか。そうではなく、日本の文化の伝統を見直し、その文化を土台に創造性を発揮することだろう。日本社会が大切にしてきたのは、「和の文化」である。「共生」や「自然」といった価値観に立脚し、自分の経済的利益や成功だけではなく、「一隅を照らす」ことの貴さとゆたかさを、私たちは先人たちに学びたいものだと思う。森田さんが言うように、日本再生の道は、こうした日本人の精神文化の再建にかかっているのであり、決して無情なリストラによって達成されるものではない。


橋本裕 |MAILHomePage

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