橋本裕の日記
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2003年09月11日(木) 分からず屋

 大学の教育学部で英語を専攻している次女が、近くの塾で家庭教師のアルバイトをしている。小学生と中学生を対象に、算数や英語を教えているようだが、生徒の中には教えるのが随分むつかしい子もいるようだ。

 たとえば小学生のA君は「算数」が大の苦手だという。時計の時刻の足し算がなかなかできないらしい。なんとか理解したと思っても、次の時同じ問題を解かせると、もうわからない。そこでまたはじめから説明をする。「わかった」というが、やはり次回になると、全然解けない。「こいつ、反抗しているのか」と、腹が立つのだという。

 食卓で娘の話を聞いていて、高校で数学を教えている私には娘の苦労がわからぬでもない。そして、この小学生は確かに難物かも知れないと思う。妻も笑いながら、
「もう時計の問題はあきらめるしかないわね。他の問題をやったら」
「それがね、他の問題も、結局同じなのよ。もっとひどいくらいよ」 

 たとえば、彼は小数の考え方がどうしても分からないのだという。だから「0.1かける10はいくらか」という問題を解かせると、0.10と書いて、「れい点じゅう」と答える。「どうしてそうなるの。0.1は1の十分の1でしょう。10個集まったら、1になるのよ」と説明しても、「だって先生に1かける10は10ってならったもの」と動じない。

 頑固に、あくまでも「れいてんじゅう」と答える。娘はもうあきれはてて、溜息をつくしかない。しまいには何だか空しくなり、無気力感に襲われる。たしかに、こうした頑固で分からず屋の子供を教えていたら、疲れるだろうな、と思う。

 しかし、将来教壇に立つことを夢見ている娘にとって、世の中にはこうした子供もいるのだという経験も必要なことだろう。この教育上の難問をどう乗り越えていくか、それは娘が自分で解答を探し出すしかない。生徒は教師から学ぶが、よき教師もまた生徒から多くを学ぶものだ。A君のような生徒に出会うことも貴重である。

(「日蓮と一念三千論」はお休みさせていただきました)


橋本裕 |MAILHomePage

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