橋本裕の日記
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2003年09月10日(水) 平和をめぐる対話(2)

 Mさま、橋本裕です。

<私自身、以前から疑問を感じていたことなのですが、平和憲法の大前提にある「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」するという部分への疑問です。国連による戦後秩序という平和の枠組みが作られるという期待に満ちていた時代に起草された文章だという認識をもっております>

 Mさんのおっしゃるとおりだと思います。現実の国際政治は利害の対立と覇権主義で動いています。一見したところ、とても「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」できる状態ではありません。

 しかし以前Nさんが言及してみえたように、<今や国境を越えて、人、物、金が自由に行き来する経済のグローバル化が、戦争の大きな抑止力になりつつある>
という現実もあります。長年の冷戦が終息した現在、世界は新しい平和の枠組みを求めて模索を始めているのではないでしょうか。

 私はこれからの世界を動かすのは、「競争から共生へ」へというコンセプトだろうと思っています。経済問題や環境問題、人口問題など、人類が早急に協力して解決しなければならない問題が山積しているからです。

 こうした問題について、ヨーロッパの人々にくらべ、アメリカはずいぶん冷淡なように見えますが、いつまでも無関心を決め込んでいるわけにはいかないでしょう。アメリカもいずれ変わると思います。

 世界の現状は「不公正と不義理」だといえますが、この現状を容認するだけではなく、そこから一歩踏み出すことが必要ではないかと思います。平和を愛し、公平であること、信義を重んじ、ともにこの地球を人類にとってよりよきものにしたいと思っている人は、ヨーロッパにもアメリカにも、世界中にみちみちているのではないでしょうか。

 国境を越え、そうした人々の願いをわが願いとし連帯することで、世界は変わっていきます。そのためにインターネットによる意見の交換は大きな助けとなるでしょう。そうしたなかで、ともに平和を愛し、公正と信義に信頼しあえる関係が、着実に築かれていくのではないかと思っています。

 覇権主義や相互不信からはなにも善いものは生まれません。そうではなく、こうした時代であればこそ、日本は平和主義と公平と信義をバックボーンにした骨太の外交姿勢を示すことで、国際社会の一員として本当に尊敬される位置を占めることが出来るのだと思います。そしてこれこそが唯一の現実的な選択ではないかと思っています。

 憲法の前文はそうした意味で、まさにこれからの時代にふさわしいメッセージとなるのではないかと思います。これを放棄するのではなく、これを拠り所にして、世界に平和と公正と信義を訴えかけて行くべきではないでしょうか。

(上の文章は、前日のMさんの質問に答える形で、「平和を愛する人々との連帯」と題して、FML「戦争体験を語り継ぐno more war」に投稿したもだ。その後、Mさんから次のような投稿があったので、これもここに掲載しておこう)

<橋本裕さま。ご返事ありがとうございます。私の方から憲法前文の、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」するという部分への疑問について、橋本さまからは、「私はこれからの世界を動かすは、「競争から共生へ」へというコンセプトだろうと思っています。」「世界の現状は「不公正と不義理」だといえますが、この現状を容認するだけではなく、そこから一歩踏み出すことが必要ではないかと思います。」といった内容のご解答をいただきました。そのお考え自体は私も同感ですし、納得できるものです。

 ただ私が疑問に感じているのは、「平和を愛する諸国民の公正と信義」がすでに達成されたものであるという前提で憲法自体が成立してしまっていることが、 いろいろな面で不都合を生み出しているのではないか、ということです。

 別に私は改憲論者ではありませんが、この部分がもし→「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼はいまだ達成されていない、しかしながら日本国民は・・・」というような前提として置かれていたとしたら、現実的なものとして納得できるだろうとおもうのです。

 平和憲法は非現実的だから改正しろという主張も、結局はこの「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」というものが、本当に成立つのか、という疑問から発しているような気がいたします。

出来の悪い小学生みたいですが、私の憲法解釈は、この、いちばん最初の部分にひっかかって、先にすすめなくなってしまいました。そうしたことを申しあげた上で、橋本様の主張されていることは一つの正しい考え方であると、私も思います>

 Mさんが言われるように、<平和を愛する諸国民の公正と信義」がすでに達成されたものであるという前提>で憲法の不戦条項が成り立っているという解釈も成り立つ。そして現実の世界はそうではないので、不戦条項は見直さなければならない、という論理がここから生み出されてくることもたしかだ。

 これについて私は、「信義を重んじ、ともにこの地球を人類にとってよりよきものにしたいと思っている人は、ヨーロッパにもアメリカにも、世界中にみちみちているのではないでしょうか。国境を越え、そうした人々の願いをわが願いとし連帯することで、世界は変わっていきます」と答えたが、憲法の前文もこう解釈すべきだと思っている。

 今必要なことは、平和を愛する世界の人々が声を上げ、ともに連帯することである。その連帯の有力な拠り所の一つとして、日本国憲法の平和主義の精神がある。Mさんも認めて下さったように、これは今のところ「ひとつの考え方」に過ぎないが、こうした考え方が世界の多くの人々に共有されることを願っている。


橋本裕 |MAILHomePage

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