橋本裕の日記
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14.六波羅蜜
アレキサンダー大王の遠征の後、ギリシャ文明が中近東からインドへと押し寄せてくる。ここに二つの文明が出会い、ヘレニズムという東西が融合した新しい文化が創り出されることになった。異教徒との対話の中で、釈迦が創設した仏教も、この時代に大きく姿をかえることになる。
それは「自己の迷いを断じる」ことを目的とする「小乗仏教」から、我をも他者をも救うことに主眼をおく「大乗仏教」への飛躍だった。「四諦八聖道」と「縁起」を中心とする個人救済の教えから、より社会的な「六波羅蜜」を実践の主体とする教えへの移行である。
「波羅蜜(多)」とは、サンスクリットのパーラミターの音写であり、到彼岸と訳される。悟りの境地、彼岸に到達するための実践方法で、6つあるので「六波羅蜜」という。「布施」「持戒」「忍辱」「正精進」「禅定」「智慧」である。
なかでも大切なのが、第一に上げられている「布施」である。これは他者に対して善き行いをすることである。金銭や物質的なものだけではない。精神的に人を助けたり利益を与えたりするることも含まれる。たとえば、人に笑顔を向けたり、知識を分け与えることも布施である。笑顔を向けることを「顔施」という。
「持戒」とはルールを守ること。「忍辱」とは辱めに耐えることだ。「正精進」というのは、正しい努力を怠らず、困難に立ち向かうこと、「禅定」とはつねに自らを空しくして客観的に自分を見つめる平静な心をもつことである。これは八聖道の「正語」「正業」「正命」「正精進」「正念」「「正定」とほとんど変わらない。
六波羅蜜の最後は「智慧」である。これは「般若波羅蜜」とも呼ばれ、真理を見極め、真の認識力を得ることだ。「智慧」はあらゆる迷いと煩悩のもとである「無明」を断つ。しかしそれだけではない。それはその人の心を明るく輝かすことになる。イメージとしては周囲を照らし、生命を豊かにはぐくむ輝く太陽である。
「四諦八聖道」が縁覚になるための道だとしたら、「六波羅蜜」は「菩薩」「仏」に至る本当の悟りの道だと言える。自分を救うのではなく、他者をも同時に救う、そうした智慧と慈悲の実践が「六波羅蜜」である。仏教はこうしてギリシャ文明と出会うことによって飛躍し、世界宗教へと脱皮していった。
ガンダーラには寺院が建ち、ギリシャ彫刻をまねた仏像が作られた。そしてその理論が論理的に体系化され、この頃、ほとんどの経典が作られている。アレキサンダー大王の遠征に始まるヘレニズム(ギリシャ主義)は多くのものを人類にもたらしたが、そのなかでも仏教の成立は最大の果実の一つだと言えよう。
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