橋本裕の日記
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3. 父の再就職
警察官をやめた父は、保険会社に勤めている母の叔父から保険の外交員になることを勧められて、その気になったようだ。 「人間その気になれば何だってできる」 兵隊として満州で苦労した父はそんなことを言っていた。
しかし警察官と保険の外交員では違いすぎる。人を叱ったり注意していた人間が、これからは腰を低くしてお願いして歩かなければならない。プライドの高い父に似つかわしくない仕事だった。
ある日、母方の祖父の家に母と行くと、たまたま父が来ていて、私達を見ると苦笑いをした。そうやって親戚や知人を相手に保険のセールスをしていたのだ。相手は父の顔を立てて入ってくれたとしても、内心は迷惑していたことだろう。 (そのうち行き詰まるんじゃないかな) 子供心にも私は心配になった。
思った通り、父の仕事は行き詰まり、やがて保険の外交員を止めた。親戚や知人との間で交わした契約もなかったことにして、迷惑がかからないようにしたようだ。 (田舎に帰って、山仕事をしたい) 父の本音は分かっていた。警察を辞めたのは、田舎で一人暮らしをしていた祖父が脳溢血で倒れたからだ。祖父の面倒を見ながら、山仕事で生計が立てられれば、父には理想的なことだった。
しかし母が反対だった。祖父の病状はかなり回復して、身の回りのことは自分で出来るようになっていた。山仕事で生計が立つ見込みはないし、私や弟の教育の問題もあった。それに、父方の親戚も三男坊の父が田舎の家を継ぐことに賛成しているわけではなかった。ブラジルに行った長兄や分家した次兄の意向もあった。
祖父は父の帰りを待っていたようだが、親戚は冷ややかで、父が警察官を止めたと知っても、田舎へ帰ってこいとは言わなかった。父が田舎の家を継いで、財産を一人占めするのではないかと、疑心暗鬼だった。そんな田舎の雰囲気を察して、父も田舎に帰りたいとは言わなくなった。
保険の外交員をやめた父に自動車学校の教員の口が見つかった。車の免許を持っていない父は田舎の倉にこもって交通法規の勉強をした。やがて運転免許試験に合格し、福井の新田塚というところの自動車学校に就職することができた。
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