橋本裕の日記
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2002年08月30日(金) ガリレオの墓

 ガリレオが晩年を過ごしたアルチェトリの家はフィレンツェの真南の丘陵地帯にある。そこにはまた、彼の二人の娘が生涯を終えたサン・マッテーオ修道院があった。というか、ガリレオは娘達とこの世の最後を過ごすべく、この修道院の近くに住処を求めたのだった。

 1538年、アルチェトリで軟禁状態にあるガリレオのもとに、フィレンツェから一人の青年が到着した。ヴィンチェンツィオ・ヴィヴィアーニは数学に並外れた才能を持った16歳の若者だった。トスカーナ大公フェルデイナンド二世が、ガリレオの助手として推薦したのである。

 この助手の存在は宗教裁判の後、最愛の娘マリア・チェレステを奪われ、さらに視力まで奪われて失意の底に沈んでいたガリレオにとって、大きな慰安だったに違いない。ヴィヴィアーニはガリレオに代わって手紙を書き、また、ガリレオの科学研究を手伝った。

 ガリレオはこの信頼できる助手に、身内のような愛情を寄せ、心を許して多くを語った。まだ学生の頃、ピサの教会で天井のランプが揺れるのを見て、振り子の等時性の法則に気付いたこと、ピサの斜塔から砲丸を落下させて、多くの人たちの前で同時落下の実験をしたこと……。

 ヴィヴィアーニは後にこれらの話をもとにして、ガリレオの自伝を書いた。今日私たちがガリレオについてこんなにも多くの生き生きとしたエピソードを知っているのは、彼の功績が大きいと言わなければならない。

 1642年1月8日、ガリレオは腎臓が悪化して息を引き取った。ガリレオはサンタ・クローチェ教会の中央バジリカに父親や他の親戚と並んで埋葬されることを希望していた。しかしガリレオは礼拝堂から隔たった鐘楼の下の小部屋に葬られることになった。

 メデチ家のフェルデイナンド二世は若い頃、ガリレオに師事したことがあった。ガリレオを終生敬愛していた大公は、ガリレオの希望を叶えようと努力したが、教皇ウルバヌス八世がこれを許さなかったのである。フェルデイナンド二世と弟子ヴィヴィアーニはやむなく、ガリレオをバジリカの外に葬らなければならなかった。

 時は流れて、1703年にヴィヴィアーニは一人の甥に全財産を譲ってこの世を去った。このとき、彼は甥に「ガリレオの墓を移転すること」を遺言した。甥は遺言を実行できなかったが、この遺言を彼の遺産相続人であるフィレンツェの元老議員ネリに伝えた。

 そしてネリはついに1737年にこの計画を実行に移す機会を得た。フィレンツェ出身の教皇クレメンス二世が即位して、この計画を許したからである。こうして、ガリレオの墓は当初フェルデイナンド二世と弟子ヴィヴィアーニが計画したところに、ミケランジェロの祈念碑と向かい合って建てられることになった。

 ガリレオの遺体が安置してある小部屋には二つの棺台が並んでいた。一つはガリレオの棺台であり、もう一つは弟子ヴィヴィアーニの棺を収めたものである。まず、ヴィヴィアーニの棺が運び出された。そしてガリレオの棺を取りだそうとして煉瓦製の棺台を壊したところ、そこから出てきたのは二つの棺だった。

 一つはガリレオに違いなかった。しかし、もう一つの棺が誰のものかわからない。棺を開けると、女性の遺体が現れた。骨の状態からして、ガリレオよりはるかに若くして死んだ女性だということが分かった。

 やがて、謎が解かれた。もう一つの遺骸は、ガリレオの娘、マリア・チェレステのものだったのだ。たぶん残されたマリアの124通の手紙を読んで、彼女の父ガリレオに対する愛情に感動した弟子ヴィヴィアーニが、二人の愛情の記念にこんな粋な計らいをしたのではないだろうか。

「ブドウ園のブドウは雹を伴う二度の大嵐がやってきてブドウ園をめちゃめちゃにする前に、すでにものすごくまばらになっていました。わずかのブドウが7月の暑いさなかに採取されましたが、そのあと追い剥ぎがやってきて、ほかに盗るものがないのでリンゴをいくつかとっていきました。聖ロレンツォの祭日に、強力な風を伴う破壊的な嵐がこの地域一帯で猛威をふるい、父上の家にも被害をもたらし、チェリーニさんの地所に面する方の屋根のかなり大きな部分が吹き飛んでしまい……」(1633年8月13日)

 現在も彼女はガリレオの墓に一緒に眠っている。しかし、修道女マリア・チェレステの存在を知らせる碑文はない。彼女がこの世に存在した痕跡として残っているのは、124通の手紙と、彼女のものとおぼしき一枚の肖像画だけだという。

<今日の一句> 聖書読み 暑さ忘れて 昼寝かな 裕

(参考文献)
「ガリレオの娘」デーヴァ・ソベル著 DHC出版
「90分でわかるガリレオ」ポール・ストラザーン著 青山出版社
「広がる数と形の世界」秋葉繁夫著 新日本出版社
「無限に魅入られた天才数学者たち」 アミール・D・アクゼル著 早川書房


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