橋本裕の日記
DiaryINDEX|past|will


2002年07月25日(木) 体験の経験化

 教育において大切なことは「モチベーション」をあたえることだと書いた。それではいかにして、生徒にこのモチベーションを与えることができるか。それは生徒の個人的な体験もしくは生活感情を重視し、これを尊重するということであろう。つまり教育は生活や体験から遊離したものでであってはならない。

 しかし、このことは学習の前提であっても、学習の目標ではない。教育はこの個人的体験から出発して、これを社会的な共有体験へと拡充するものでなければならない。つまり、個人的体験の社会化、もしくは経験化が必要である。

 デューイは「<経験>が正確な思考の基本概念であるなら,<体験>はきわめて感情を主体としている」と書いている。体験の経験化とは、感情の言語化、理論化、思考化だといってもよい。デューイの「民主主義と教育」(金丸弘幸訳玉川大学出版部 )から、もう少し引用しよう。
 
「子どもが自分の指を炎のなかにつっこむだけでは,それは経験ではない。その動作が,その動作の結果彼が受けた苦痛と結びつけられたとき,それは経験となる」

「<経験から学ぶ>ということは,我々が事物に対してなすことと,その結果として,我々が事物を楽しんだり,事物から苦しみを受けることとの間の前後の関連を明らかにすることである。このような状況のもとにあっては,なすことは試みることになる。すなわち,正解とはどんなものかを知るために,世界についての一つの実験をすることであり,受けることは,教訓つまり事物の関連を発見することになる」

 デューイは学校を実りある「生活」の場とするためには、子どもの体験から出発する必要があるが、それはまた、子どもの持っている次の4つの興味(学習本能)を重視することだと述べている。

�.灰潺縫絅院璽轡腑鵑陵澣瓠文生賈槐宗�
��知的な探求心(ものを発見する喜び)
��製作すること、構成することの欲求
�ど集修垢覺遒咫僻�的探求心)

 これらの欲求を育てることで、体験の経験化が可能になる。私たちは自分の体験を尊重すべきだが、これに固執して、狭隘な体験主義者になってはならない。私たちは自分の体験を思考によって経験化、社会化しなければならない。そのときはじめて私たちは他者の経験から、生きていく上で真に大切なことを多く学ぶことができるようになる。

 なおデューイは�,鉢�の根底にあるのは、表現欲求だとして、�し歃囘�表現のなかには、この両者が理想的な形で成就されていると書いている。

「芸術的本能は、これらの二つの本能の洗練・純化であり、完全な表現である。構成を適切ならしめ、じゅうぶんな、自由な、そして屈伸性のあるものとし、それに社会的な動機、つまり人に告げようとするなにものかをあたえてみよ。すなわちそこに芸術作品があらわれるであろう」(学校と社会)

<今日の一句> 夏やせは 見果てぬ夢か 水饅頭  裕


橋本裕 |MAIL |HomePage

My追加