橋本裕の日記
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2002年03月04日(月) 地方自治は民主主義の学校

 民主主義にとって、中央政府の三権分立と並んで、あるいはそれ以上に大切なのが、「住民の、住民による、住民のための自治」という、地方自治、地方分権の確立である。

 地方分権とは、地方にできることはすべて地方に任すということだ。住民自らが自らの地域のことを考え、自らの手で治めていくことであり、地方自治の権利は憲法にも保証された民主主義の原点である。

 地方分権推進法の成立を機に、議論の段階から実行の段階へ入った地方分権の推進は、政府自らが、明治維新、戦後改革に次ぐ「第三の改革」として位置づけている。地方分権が確立されると、どんな利点があるか。総務省のホームページから引用しよう。

�/閥瓩蔽亙�公共団体で、住民が自主的にまちづくりなどの仕事を決めることができるようになります。
��国、都道府県、市町村のそれぞれに役割と責任の範囲が明確となり、責任逃れができなくなります。
�9颪硫莪貪�な基準や各省庁ごとの「たて割り行政」にしばられず、地域の実情やニーズに適った個性的で多様な行政を展開することができるようになります。
�す颪涼亙�自治体に対する手続き、関与等が必要最小限のものとなり、労力・経費等が節減されるとともに、住民にとっても事務処理手続きが簡素化されます。

 中央集権型行政システムはすでに疲労している。そして政府自らが、HPで現在のシステムの弊害を次のように書いている。
�仝�限、財源、人間、情報を中央に過度に集中させ、地方の資源、活力を奪う。
�∩換餡莪譴療�一性と公平性を重視するあまりに、地域的な諸条件の多様性を軽視する


 国と地方の関係はこれまで、上下・主従だった。これを対等・協力の関係に変えていくことが大切だろう。しかしそのためにはそれを保証する財源的な裏付けがなければならない。現在のようにお上から下賜される地方交付税に頼っていては、上下関係から脱却できるわけがない。

 私は住民税や所得税、法人税、相続税、贈与税などはすべて地方税にしてはどうかと思っている。中央政府にはいるのは、環境税や消費税くらいでよい。まずはこうした財政面での確立が、地方分権の前提ではないかと思う。

 そうでないと、東京都のように自分でやっていけるところはよいが、他は中央政府の官僚に頭が上がらない。だから、知事クラスに官僚経験者ばかりがならぶことになる。これでは首長公選制の意味がない。

 地方分権に消極的な人の論理が、地方に任せると何をするかわからない、という地方不信だろう。さらに地方格差が広がるのではないかという危機感もある。しかしこうした後ろ向きの議論からは何も生まれない。

 たとえば、日本の九州の面積と人口はオランダと同等である。もし、地域に大幅な自治権をみとめれば、将来九州からオランダに匹敵する豊かな成果が生まれないとも限らない。そうすれば、日本のそれぞれの地域が、これを見習って活性化するだろう。そうした可能性の芽をつみとらず、拡大していくことが大切だと思う。

 地方が自立しなければ、国の自立もできない。思い切って自治の権利を与え、そして責任もとらせる。そうすることで、すこしずつ本物の民主主義がこの国にも根付いていくのではないだろうか。「地方自治は民主主義の学校」だといわれるゆえんだ。


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