橋本裕の日記
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2002年02月15日(金) 学力崩壊の原因

 河合塾の丹羽健夫さんによると、学力には二種類のものがあるという。
�� 教科的な学力(見える学力)
�� 学力を支える態度や知的攻撃力(見えない学力)

 丹羽さんによると、塾は主に第一の学力を鍛えることに重きを置いてきた。これに対して、学校は第二の学力を養成する場所だった。

「高校では教科の本質を教えることに重点を置いていた。どんな人類史的淵源をたどって、この教科はこの世に誕生したのか。俺(教師)はこの教科のこんなところに魅かれて教師になったのだ。どうだ、この教科はこんなに美しいんだと。高校教師たちは些末な問題演習よりも、そのその教科の本質や骨格について熱を込めて語った」

「一方予備校は、贅沢すぎるほどその教科の真実をまとった生徒を、入試問題という現実的で断定的な世界へと誘う。限られた時間でより多くの正解をひねりだすためには、定石などのテクニックも必要なのだ」

 しかし1980年代なかばになると、「高校では本質を、予備校では解法を」という分業が成り立たなくなってきた。それは高校が本来の教科の本質を教えるという立場を放棄して、「解法中心の現実路線」に転換しはじめたからだという。

「日本中のほとんどの公立トップ高校は生徒の主体性重視型から、進路部主導型・先生主導型へ方向を転換し始め、生徒が自ら考える風土を衰退させ、表象として具体化する学力を、根っこのところで支える第二の学力(知的攻撃力や行動の領域、学力を支える態度を養成する力)を、大きく劣化させるのである」

 背景には、「だれもかれもが大学へ」という進路選択の価値観の一元化がある。この狭隘な価値観が、しだいに日本の教育課程を占領し、覆っていった。できれば勉強以外の道へ進みたいという生徒まで叱咤激励し、大学合格の切符を握らせるために、教師も寸暇を惜しんで問題づくりや採点に励んだ。

 この結果なにが起こったか。それが現在問題になっている「分数計算さえできない大学生」の大量発生、つまり「学力の全面的な崩壊現象」である。それから、学校不適応児童の大量発生である。河合塾ではこうした不適応児童をあつめてクラスを作っているらしい。そこではただひたすら、教科の本質を教えるのだという。

「数学では早く解くのがえらいんじゃない、ごはんを早く食べる人と遅い人がいるが、それと同じように自分のペースで解けばいい、ただし皆ご飯を味わって食べているのと同じように、充分考えて納得しながら解いていけ、と言われる」

 高校が第一の学力に的を絞り、ただ大学合格者をだすための成果主義の走り出したために、肝心の第二の学力が崩壊した。しかし、根っこを失った学力はそれ自身で生きることはできず、すぐに立ち涸れてしまう。ペーパーテストの高得点は、あくまでも見せかけの学力に過ぎない。

「80年代の大学入試の競争加熱化に支えられて、第一の学力である教科学力は全体に高水準を維持したものの、それを本来ならば根っこで支えるべき、第二の学力が劣化し始めたということは、根底的学力低下がこの時点から始まったと言えるのではないだろうか。・・・第一の学力は第二の学力の表象という意味を失って、入試問題攻略のためのみの武器として、それもかなり弱々しく、予備校講師たちの目の前に登場したのであった」

 予備校はいつのまにか、高校にお株を奪われることになった。しかし、その結果、第二の学力がとめどなく崩壊することになってきた。そこでやむなく予備校の講師たちは、「本質理解授業からスタート」することになったのだという。つまり「高校と予備校の役割が逆転」してしまった。丹羽健夫さんはこれが今の予備校の現実であり、日本の教育の現実なのだという。

 学力の崩壊のほんとうの原因は、あまりに第一の学力に偏ってしまった学校のあり方にある。本質理解につながる本来の教育が学校では行われず、塾に任されているという呆れた現実を、私たち教育関係者はしっかりと直視し、反省してみる必要がありそうだ。


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