橋本裕の日記
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2002年01月20日(日) バスク語の謎

 スペイン東北部とフランスにまたがるピレネー山麓に六十数万人の小数民族バスク人が住んでいる。人数は少ないが、バスク人はその独立不羈の精神によって世界的に有名である。

 何しろヨーロッパの真ん中に住んでいるというのに、バスク語はスペイン語やフランス語など周辺の言語と一切の類縁関係を持たない。その昔、ローマ帝国がこのあたりを支配し、その言語をローマの公用語であるラテン語に置き換えたのだが、バスク人はこれに従わなかった。

 現在でも、バスク人のこの独立精神は衰えていない。バスク地方では分離独立運動が盛んで、ETA(祖国バスクと自由)という民族主義組織がある。ETAは時にはテロ活動におよんだり、現在でもその活動の過激さで知られている。

 さて、話題をバスク語にもどそう。バスク語は、ラテン語を母体とするスペイン語などの印欧諸語とは本質的に異なる孤立言語だが、これが大きな謎で、いまだに納得の行く説明がないのである。

 それでは、バスク語はまったく世界の孤児かというとそうでもない。不思議なことに、これが日本語やタミル語と親戚関係にある。たとえば、これらはいずれも比較言語学の分類で言うと膠着語である。

 言語学者シュライヒャーは、動詞の活用の仕方によって、言語を「膠着語」「屈折語」「孤立語」に分類した。「膠着語」では動詞が活用し、さらに他の品詞がその後に付け足され、膠着していく。日本語・朝鮮語などがそうで、一般にウラル・アルタイ語族がそうである。また、一応SOVの構文を持っているが、語順がかわってもよい。

「わたしはどちらかというとかのじょといっしょにいってもいいとかんがえたりもするのだがしかしかのじょのつごうをかんがえたりしているうちにまよいがおこってきてなかなかおもうようにかんがえがまとまらないのでとりあえずかのじょのいしにまかせることにしてもいいとおもったりもしたりして・・・」

 これにたいして、「屈折語」は動詞が活用する言語で、英語・フランス語・ドイツ語など、一般に印欧語族がそうである。「孤立語」は、動詞が全く活用しない言語で、中国語やチベット語がそうである。構文はいずれもSVO型である。

 かって西洋の言語学者の中には「膠着語」は「屈折語」や「孤立語」にくらべて、幼稚な段階の言語であるという差別的な見方があった。私はもちろんこうした考え方に反対だが、しかし、もともと人類が自然発生的に使い始めた原始的な言語(原始言語)は「膠着語」だったと思っている。これにたいして「屈折語」や「孤立語」は文明語としての性格が強い。

 さて、日本語と同じ膠着語に属しているバスク語は、語順も同じSOVで、「は」や「が」などに相当する助詞をもち、テニオハもよく似ている。地理的に随分離れている日本語と、こうした親密な類縁があるのもミステリーになっている。

 日本との接点といえば、日本にキリスト教を伝えた、フランシスコ・ザビエルもバスクの人だ。バスクの人たちは、独特の文化を持っており、ラテン系のいい加減さがなく、勤勉で真面目だという。こういう点も日本人と似ている。

 これは全くの余談だが、バスク (Basque)のなかに、ASQが含まれている。これと飛鳥(ASUKA)や地上絵で有名なナスカ(NASKA)との類縁をいう人がいる。ちなみに鳥のことを、バスク語でも「トリ」と言うらしい。

 さて、日本語、タミル語、そしてバスク語と書いてきた。なぜ地理的に離れたところに、離れ小島のようにして、こうした類縁性の高い言語が残されているのだろうか。そろそろ、私の仮説を述べるときかも知れない。明日の日記に、そのあらましを書くことにしよう。


橋本裕 |MAILHomePage

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